彼が身支度を整えて『行ってきます』と出かけて行く。
私は『行ってらっしゃい』と彼を玄関まで見送って、扉に鍵をかけ 一息つこうと部屋の中へ戻ろうとした…。
背中越しに誰かが来る気配を感じ取り 全身に言い知れぬ緊張感が走る…
『ピーンポーン』とまるで彼と入れ違うように玄関のチャイムが鳴った。
振り返ってみると、玄関の扉の前で小さな子供が立っている影が、扉越しに薄っすらと見えた…。
「子供……?」
「でも、何故だろう…なんとなく心がざわつく…」
「扉を開けてはいけない気がする…」
「………………」
「どうしよう…」
しばらく迷った末、小さな子どもを無視することが出来ず玄関の扉を開けると、白い無地の布切れのワンピースを着た女の子が、無言で中に入ってきた。
その手にはフォークを持っている。
私はその子と目線の高さを合わせようと、その子の前にしゃがみ込んだ。
すると、その子は無言のままフォークを握った手を振り上げて、私の目に切りかかってきた。
嫌な音と共に、鋭い痛みと鈍い鈍痛が同時に走り額や左目から暖かい血が流れ、私は尻餅をつくように倒れた。
その子はそれ以上動くことなく、ジッと立ってコチラを見ている…。
私は抵抗することなく、項垂れ座り『手に…携帯だけは持たせて…』と何度か繰り返し呟きながら、足元に落ちた携帯を握りしめた。
「今は騒がず…この子が帰ったあと、彼や家族に連絡をして助けを呼ぼう…」と思っていた。
その子供は、力なく項垂れている 私を少し見て、そのまま玄関のドアを開けて出て行った…。
「ガチャンッ」と 扉が閉まる音を確認してから、ダラダラと血の流れる顔を上げて、携帯を起動しようとすると、玄関の扉の向こう側から先ほどと同じくこちらに向かって近寄ってくる気配を感じる…
「あぁ…また来ちゃった…」
全身にビリッとした緊張が走ったが、仕方がない…と腹をくくった。
ゆっくりと玄関のドアが開いて、また女の子が入ってきた。
女の子が私の前に立った時、私は 彼女に向かって両手を広げて『おいで』と声をかけた。
無表情のまま 黙って私を見つめ返してくる女の子を抱きしめて『今までごめんね』と謝った。
抱きしめると、腕の中のその子はとても華奢で、とても小さかった…。
(イメージ)
胸の奥から湧き上がってくるかのように 涙がボロボロと溢れ、私は腕の中にいる女の子に向かって『今まで本当にごめんね』と何度も謝った。
すると突然、ジッと立っていた子供の体の力が抜け、私に身を預けるかのようにもたれかかってきた…。
私はその子をしっかりと抱きとめ 背中をさすりながら、しばらくの間抱きしめていた。
しばらくすると、その子は小さな手に力を込めて私を剥がすかのように自ら私から離れ そして私を見た。
その顔からは明らかに殺気が消えていた。
その子は怪我をしている私をジッと見つめて、黙ったまま また家を出て行った。
「今度はもう戻ってくることなくちゃんと家に戻れるか見届けよう…」そう思い立った私は、玄関の扉を静かに開けて彼女の後を追った。
外に出ると、薄暗いトンネルのような廊下が続いていた…。
中央に1箇所とてつもなく長い、一階のロビーまで続くメイン階段があった。
天井は高く吹き抜けになっていて、更に階段の上層部はガラス窓になっているようで、キラキラと長い距離のある階段を照らすように光が差し込んでいる。
女の子はロビーに続く その長い階段を清々しい顔で降りていく。
一段一段と降りる度に 女の子は笑顔になっていき、階段の中段あたりに来た頃には それまでずっと握りしめていたフォークも捨てた。
着ていた白布のワンピースも、まるで剥がれていくかのように脱げて、白い肌着だけになっていた。
毒気が抜けて本来の姿に戻っていく様子を見ながら、私は心の底から安心した。
すると突然…
クルッと…
子供が振り返った。
私はとっさに階段の隅に隠れたが、安心して気を抜いていた為に動き出しが遅く、振り返ったその子に姿を見られてしまっていた。
「見つかっちゃダメだと思ってたのに、アッサリ見つかってしまった…」と思いながら、そっと手すりから顔を覗かせ様子を伺うと、女の子はせっかく降りた階段をまたこちらに向かって登り始めた。
そして階段を登り切った女の子は、また私の前に立った。
私はその子に向かって『ここで見てるから、もう行きなさい』と促し見送るが、構って欲しくなってしまったのか、女の子は黙ったまま なかなか降りていこうとしない。
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起床時(現実)
目が覚めたとき、フォークで切られた方の左目の視界に梅干しみたいな大きさの、赤い丸い影がしばらく見えてた。
目を閉じても、開けても見えてた。


