「しっかりしているね」
とよく言われます。
自分でいうのもなんですが、
見た目は割ときちんと見える方だとも思います。

ただ、最近。
この「しっかりしてるね」って言葉が
本当に重い。

見た目はしっかりしてそうに見えるけど、
私自身、中身はどうにもめんどくさがりで。
しっかりにはほど遠いと思うからです。

でも、「しっかりしているね」と言われると。
何となく、そうでなくちゃいけないのかという気になってしまいます。
周りからは「しっかり者」が求められているのかと。
求められる周りからのイメージと、中身の現実とのギャップが
私には大きすぎると感じてしまう。


本当は、私も「甘えた」イメージになってみたい。
周りから、「しょうがないなぁ」と思われるような、
可愛がられる存在になってみたい。
「甘えん坊」が、今の私には
一番の憧れなのです。
理由は簡単。
だって、かわいいでしょ?


周りのかわいい甘えん坊の友人たちを横目に見つつ、
しっかり者のネコをかぶりつづける・・・
それが私の姿なのだと思います。

どうしたら、自然と「甘えた」になれるんですかね??
私の長い長い課題です。
一日一日、寒さを感じるようになりました。
ベランダに出てみたら、目の前の桜の木が紅葉していて。
中々秋を感じることがない今年だけど、しみじみ「そろそろ冬だな」と感じました。


大学4年生の晩秋、追われるものは卒論です。
私は見た目しっかりして見えるせいか、「大丈夫なんでしょ」と
言われることが多いのだけど・・・
そんなことは、ない。
絶賛、危機まっただ中です。
先生は唯一私の状況がわかっているのか(もう3年の付き合いだからか)
「大丈夫ですか?」
とか
「頑張りすぎないでください」
とかこまめに声をかけてくれます。
最近、優しくされると心に染みますね。


この前、久しぶりにこのブログを書いて。
前の記事まで遡ってみたら、始めたのって大学1年の時だったみたい。
なんせ記事数が少ないので実感が湧かないのだけど。
あの時からもう3年がたっているのですね。

あのころの私と今の私。
どこか変わったのかなあ。
でも、何年経っても変わらないものもあります。


11月9日。
それは家族の次に大切だと思える人の生まれた記念日。
もう会うことはないですが、今年もまたどこかで笑っているのでしょう。
願わくば、今年一年が幸せを感じる年になりますように。



さて、論文にかかりましょうか。
前回からまるまる10ヶ月。
自分のマイペースっぷりに驚きです。

22歳、大学4年生、秋。
こう自分の立場を上げると、色々考えてしまいます。
でも、まず。
私が文字として整理しないといけないことが一つ。


前回の記事は、祖父が亡くなったことに関してでした。
そして、それから1年も経たずして、祖母も空に行ってしまいました。
この1年で、祖父母どちらもいなくなってしまったのです。
(父方の祖父母は健在なのですが)
思い出すことは、尽きません。
今でも涙が出そうになります。

お葬式の途中、議員さんが弔辞を述べてくださったのですがその中に
「まるで後を追うように」
という言葉を使っていました。

よくドラマや小説で使われるこの言葉。
まさか自分の祖父母に使われるとは思いもよりませんでした。
でも、他人からしたらそうかもしれませんね。
祖母は、だれよりも祖父の側で支えていて
その祖父が亡くなった後1年経たずしてなくなったのですから。
しかし、私にとって祖父は祖父。祖母は祖母。
一人としての存在感が大きかったために、その言葉には少し不思議な違和感を感じてしまいました。


祖母は、いつも私達兄弟を心配してくれていました。
長男だった兄のことは勿論、真ん中の私のことも。
「いつもしっかりしているから、心配なのよ。」
この言葉で、どんなに私が救われたか。
親でさえ気に留めなかっただろう私の我慢を、見抜いてくれていたのは
祖母だけでした。
いつだって、祖母は私達の味方でした。
だからこそ、立派になったんだよって姿を見せたかった。
これだけは、後悔です。

祖父は厳しい人でした。
祖母は優しい人でした。
二人の厳しさ、優しさは強さであったと思います。
この強さを、私も引き継いでいかないと。
二人に「立派になったね」と言ってもらう為にも。


まだ整理がうまくついていないせいか、
とりとめもなく、まとまりもなく、とりあえず書いてしまいました。
もう少し整理がついたら、きちんと文章に直したいと思います。


最後に。
母に、祖母はこう言っていたそうです。
「(死んだら)孫達の守護神になってあげる。」と。
祖母が亡くなって2週間後、私の就職の目処がつきました。
そして1週間後、兄も就職が決まりました。
母は、涙が止まらなかったそうです。
私も、少しだけ泣きました。

関係、ないのかもしれない。だけど、
祖母は、確かに私達を見守ってくれているのでしょう。
最後の記事から2ヶ月。
色々なことがありました。まだ、続いてることもあるけれど。

11月29日、祖父が亡くなりました。
92歳。みんな、大往生だと言います。

私は幸せなことに、21年間生きてきて美時かな人の死を一度も迎えたことがなかったので
今でも何か不思議な気持ちです。
信じられない。それにつきます。

北海道の習わしで、通夜の夜は一晩中葬式場で過ごします。
おじいちゃんの顔を見ながら、親戚と一緒に。

棺の中のおじいちゃんは、私の記憶のおじいちゃんとは違う人に見えました。
時間が経ってしまったせいか、ほおはこけてしまい、肌の色は本当に土気色。
「抜け殻なんだな」
実感しました。
白い着物ではなく、スーツ姿だったのが仕事人間だったおじいちゃんらしいな、と思いました。

おじいちゃんは、厳しい仕事人でした。
でも、私にとっては優しいおじいちゃんでした。
このことを話すと、親戚のみんなは「ずるい」って笑うけれど。
私が浪人して、大学合格の報告をしたら「えらい」と褒めてくれたおじいちゃん。
お茶を持っていくだけで、「本当にありがとう」と笑ってくれたおじいちゃん。
挨拶するたび「大きくなったな」と感心してくれるおじいちゃん。
幼い頃、男の人が怖くなったとき、お父さんとおじいちゃんだけは大丈夫でした。
幼い私を膝の中に入れてくれたおじいちゃん。
「先のことを考えて、他の人のことを考えて行動しなさい」
教えてくれたおじいちゃん。

亡くなる数ヶ月前まで会社に行ってたおじいちゃん。
仕事は、生き甲斐で趣味でした。
一緒にコーヒーを飲みにいったとき。
ここの眺めが一番好きなんだと嬉しそうに言ったおじいちゃんをみて。
こんな生き方をしたい。
心からそう思いました。

不思議なことに、おじいちゃんが亡くなってから
おじいちゃんを意識することが多くなってきました。
「おじいちゃんに胸を張って報告できるように生きたい」
頑張ろう、って思う度におじいちゃんを思い出す。
私の中のおじいちゃんは、亡くなってもその存在自体は変わらないのです。
むしろ、はっきりしてきました。


きっと、私はこれからが頑張り時。
次の夏、いい報告ができるように
後悔しないように、行動していきたい。
おじいちゃんの死は、悲しいことで、その悲しみが終わることはないけれど。
私の気持ちを強くしてくれることでもあったと思います。


拾骨の時。
タバコ大好きだったおじいちゃんの骨はあまりきれいに残りませんでした。
出棺の時、号泣していた私は覚悟を決めていたけれど
自分でビックリするほど涙は出ませんでした。
「煙と一緒に空に行ったんだな」
おじいちゃんはもういない
こうやって、人は空に行くんだな
不思議とそう感じた感覚は一生忘れないと思います。

そろそろ四十九日です。
見守っていてください、おじいちゃん。


って、すごくすごく勇気のいることだよね。
今の私には、1番難しい。
未来を信じることが難しいから、今の決断に勇気が持てない。
今の決断に勇気が持てないから、過去の自分を悔やんでしまう。

なんて悪い循環。



自分に自信がもてないから、
他人を信じることが難しい。
いいように、いいようにって心に言い聞かすけど
実際、どうせ私は。。って思ってしまう。



そんなうちじゃ、絶対好きになってもらうなんて、無理だよ。



このままでは、ずっと同じ繰り返し。
わかってるのに、ここから動けない。