前回からまるまる10ヶ月。
自分のマイペースっぷりに驚きです。

22歳、大学4年生、秋。
こう自分の立場を上げると、色々考えてしまいます。
でも、まず。
私が文字として整理しないといけないことが一つ。


前回の記事は、祖父が亡くなったことに関してでした。
そして、それから1年も経たずして、祖母も空に行ってしまいました。
この1年で、祖父母どちらもいなくなってしまったのです。
(父方の祖父母は健在なのですが)
思い出すことは、尽きません。
今でも涙が出そうになります。

お葬式の途中、議員さんが弔辞を述べてくださったのですがその中に
「まるで後を追うように」
という言葉を使っていました。

よくドラマや小説で使われるこの言葉。
まさか自分の祖父母に使われるとは思いもよりませんでした。
でも、他人からしたらそうかもしれませんね。
祖母は、だれよりも祖父の側で支えていて
その祖父が亡くなった後1年経たずしてなくなったのですから。
しかし、私にとって祖父は祖父。祖母は祖母。
一人としての存在感が大きかったために、その言葉には少し不思議な違和感を感じてしまいました。


祖母は、いつも私達兄弟を心配してくれていました。
長男だった兄のことは勿論、真ん中の私のことも。
「いつもしっかりしているから、心配なのよ。」
この言葉で、どんなに私が救われたか。
親でさえ気に留めなかっただろう私の我慢を、見抜いてくれていたのは
祖母だけでした。
いつだって、祖母は私達の味方でした。
だからこそ、立派になったんだよって姿を見せたかった。
これだけは、後悔です。

祖父は厳しい人でした。
祖母は優しい人でした。
二人の厳しさ、優しさは強さであったと思います。
この強さを、私も引き継いでいかないと。
二人に「立派になったね」と言ってもらう為にも。


まだ整理がうまくついていないせいか、
とりとめもなく、まとまりもなく、とりあえず書いてしまいました。
もう少し整理がついたら、きちんと文章に直したいと思います。


最後に。
母に、祖母はこう言っていたそうです。
「(死んだら)孫達の守護神になってあげる。」と。
祖母が亡くなって2週間後、私の就職の目処がつきました。
そして1週間後、兄も就職が決まりました。
母は、涙が止まらなかったそうです。
私も、少しだけ泣きました。

関係、ないのかもしれない。だけど、
祖母は、確かに私達を見守ってくれているのでしょう。