80代の男性をお見送りするご葬儀を担当しました。故人の奥様もいらっしゃいますが
喪主を務められるのはご長男です。控室にご家族がお揃いになっているところへお邪魔させていただき
式次第に沿った打ち合わせと、ナレーションのための取材をすることになりました。通常は、喪主を含め
2~3名ほどのご遺族でお話をすることが多いのですが、10名以上もお集まりになった中での
打ち合わせは、ちょっとドキドキ(^^;) 気合を入れて、ドドンと乗り込みましょう(笑)
奥様は、控えめで物静かなおばあちゃまでした。息子さんやその奥様、お孫様方のいろいろな質問や
相談のご様子を、口をはさむことなく、そばでニコニコと聞いていらっしゃいます。
ひととおりの確認事項を済ませて、私はその奥様にお声をかけました。「ご結婚なさって、何年に
なられますか?」すると、すかさずご長男が、「オレが今年で〇〇になるけん、それ以上やろうなあ。」
げ・・・・?!このオッサンはワタシと同い年かよ あ、いや別にその男性がめちゃ年上に見えて
いたわけではないのですが、客観的に自分の年齢を突きつけられたような気がしてしまい、やや動揺(笑)
そして、聞いたわけでもないのに、そこからご長男のオヤジ談義が始まりました。はるか幼い頃の
思い出話から、つい最近のご様子に至るまで、いろいろ語ってくださいました。そのすべてを
ご紹介することはできませんが、一部をまとめて皆さんにお伝えすることをご了承いただき、その場を
終わらせました。黙って聞いていると、延々1時間以上にもなりそうな気配を感じたからです(汗)
司会ブースで、聞いた事柄をまとめようとしてふと祭壇に目を向けると、先ほどの打ち合わせでは
ほとんどお話をすることのできなかった奥様が、お柩のそばに寄り沿い、亡きご主人に向かって
なにか話しかけていらっしゃるようなお姿がありました。そのご様子をしばらく見ていた後、そっと
奥様のそばに近づき、ご一緒に寝顔を拝見しながら、「とても優しいご主人様でいらしたようですね。」と
話しかけてみました。すると奥様は涙ぐみながら頷き、「嬉しかったんですよ・・・。」と話し始められました。
控室での打ち合わせの際に、ご長男や他のお子様方が、お父様との思い出をたくさん話してくれたことが
なにより嬉しかったと・・・。息子さんたちがお若い頃には、いろいろと親に反発して、父親との仲があまり
芳しくなかった時期もおありだったようです。けれども、ああやって親の性格を見抜き、周囲の人々との
交流の様子などまでしっかり見ていたことがわかり、今まで聞いたことのなかった父親に対する思いが
あんなに強かったと知ることが出来て、そのことを奥様はご主人と一緒に喜んでいらしたのでした。
鼻筋の通ったお顔立ちは、出会った頃と変わっていませんとおっしゃる奥様も、きっとお若い頃の
初々しい乙女の気持ちに戻って、懐かしい思い出を振り返っておられたに違いありません。
一度も喧嘩らしき言い争いさえしたこともなく、積み重ねられたと言う50数年の歩みには、いつも
お互いを支え合い、守り合った大きな愛情があふれていたことでしょう。
もうしばらくはお二人だけでお話をしていただこうと思い、立ち去ろうとする私に「あの・・・」と、ある質問を
してこられました。「私も、火葬場に一緒について行ってもいいんでしょうか?」と、心配そうな表情です。
昔は、夫や妻を亡くした際の配偶者や、逆縁で子どもを見送った親は火葬に同行してはいけないといった
言い伝えなどがあったりもしたことで、不安に感じておられたのでしょう。「今は、皆さんご一緒に火葬場まで
向かわれて、ちゃんとお骨拾いまでなさる方が多いですよ。行く行かないは、ご本人それぞれのご意志で
けっこうですが、あとで悔いの残らないようなお見送りをなさってください。」と、申し上げました。すると
奥様は安心なさったのか、また瞳からは涙が溢れ、「しっかりついて行きます。」と微笑まれました。
開式の準備が整い、私はご着席されたご遺族のところに伺い、再度式次第の説明を入れるのですが
喪主のご長男から「お願いがある」と一言。喪主は自分だが、やはり焼香は母からさせてやりたいと・・・。
では、ご焼香の案内の際には故人の奥様からお名前をご紹介することをお伝えして、開式となりました。
亡きお父様の、生前の周囲に対する気配り心配りが、しっかりとご長男に受け継がれていると確信すると
同時に、ご家族の絆の深さも伝わってくるひとときでした。
閉式前のナレーションには、ご長男から伺った思い出話のひとコマはもちろんのこと、奥様の心に
沁みこんだお喜びの様子も合わせて組み込みました。きっと母と息子が、面と向かって今日のやりとりを
口にされることはないかもしれないとも思えたからです。お互いの、胸に秘めた思い出の場面に
刻んでいただけたら幸いです。
献花の際には、ご家族全員でお柩を囲み、何度も何度も「ありがとう」と声をかけていらっしゃいました。
今頃はもう、奥様やご家族が丁寧に拾って納められたご遺骨と共に、ご自宅へお戻りのことでしょう。
ご長男を中心にご家族が集まり、また口々に思い出話に花が咲く中、奥様が嬉しそうにその会話の
ご様子を聞いておられる姿も、目に浮かびます。どうかご主人の分まで長生きなさいますように・・・。