司会者冥利に尽きる! | 「窓辺の風景」 ・・・喜・想・哀・楽  

「窓辺の風景」 ・・・喜・想・哀・楽  

かけがえのない大切な時の流れ・・・
心の窓を開いて望む一瞬の風景を、優しい言の葉で綴ります。



お~~い、梅の花が咲いたらしいよ~~ ビックリマーク

我が家の庭にある梅の木の枝にも、小さなつぼみがたくさん 音譜

季節は確実に春へと向かっている証拠ですねえ(^^)


「窓辺の風景」 ・・・喜・想・哀・楽  





先日、通夜司会の依頼を受け、ちょいと冷や汗をかく場面が

ございました。同業者であればおわかりいただけるであろう

あんなことこんなこと!!

宗教宗派によって、式の流れはだいたい決まっておりますが

導師を務められるお寺様によって、順序に若干の違いがあることは

これまでにもお話をしてきました。ご葬儀においては、宗派ごとに

さまざまな引導作法もありますし、ご弔辞や謝辞、弔電の代読など

お打ち合わせの際に詳細を確認し、式次第に則り、進めていきます。

お通夜のお勤めは、ほぼ読経と焼香が中心で、浄土真宗では

読経の後に、お寺様がご法話としてお話をなさったりもします。

本来、通夜は「夜伽(よとぎ)」とも言い、葬儀と同じような形式ばった

やり方ではなく、故人を偲びながら思い出話で一夜を過ごす

そんな雰囲気を重んじるお寺様もいらっしゃり、かた苦しい司会は

なるべく避けるような配慮も必要かと思います。


しかしながら、司会の依頼をお受けした以上、ただ突っ立っているだけでは

意味がありませんからね^^;不慣れで緊張なさっているご遺族や

ご弔問の皆様にわかりやすいように、声の案内役を務めさせていただきます。

この日は浄土真宗のお寺様がお見えになりました。導師控室に伺い

まずご挨拶を交わした際の第一声で、「あ、優しそうな感じ♪」とか

「おっとっと、ちょいと気難しそうな^^;」とか、素早く察知する司会者(^^)v
温厚そうな雰囲気のご住職でしたから、スムーズにお話をさせて

いただくことができました。

お通夜の際の打ち合わせでは、ご焼香の案内をどのあたりから

入れてよいかが、キーポイントです。

実は、ここには日頃からヤンチャな高僧(ダレ?)をはじめ

宗教関係者や葬儀関係者の皆々様もご訪問いただいておりますから

あんまり詳しいこと書いて、間違ったりすると大ブーイングにも

なりかねませんから(^^;)、そこそこに読み流していただきたいです(汗)

浄土真宗では、「正信念仏偈」や「仏説阿弥陀経」と言ったお経を

お読みになることが多いのですが、この日のお寺様は


「そうですね。それでは、仏説阿弥陀経で、読み始めて1分ほど

 経ったら、ご焼香を案内してください。」

とおっしゃいました。ある時、同じ浄土真宗のお寺様でしたが

「正信偈のお経はご存知ですか?」と質問され、なんでも過去に

打ち合わせをした際の司会者が、浄土真宗では最もポピュラーな

お経を知らなかったという、同業者としてはあり得ない話を聞かされ

こちらが驚いたものですが、この日もその温和なご住職は

「仏説阿弥陀経というお経がおわかりだということは

 よくお勉強なさっていらっしゃいますね。」

と、にっこり笑ってくださいました。そして開式。おもむろに合掌礼拝。

鐘の音が鳴り響き、お経が始まりました。・・・・・・ん?

あれ?お経が違いますよ?!阿弥陀経の最初の数行は覚えて

いますから、明らかに違いますし、別の短いお経を読まれてから

阿弥陀経になるのだろうと思いはしたものの・・・・。

事前の打ち合わせでは、お経が始まって1分くらいでご焼香を

始めていただく予定でしたしね~。どうしたものかと焦りを

感じ始めた頃(もうすでに5分以上は経過していました。)

ご住職が鐘を打たれ、私の方を見て「どうぞ」風に頷かれました。

アイコンタクトをキャッチした私は「承知しました。」の意味を込めて

軽く頭を下げ、それからご焼香の案内を始めることにしたのでした。
そして翌日のご葬儀。打ち合わせに控室に向かい、開口一番


「昨晩のお通夜の際には、ご焼香の案内がうまくできませんで

 大変ご迷惑をおかけ致しました。」

と、お詫びを申し上げると、ご住職は私の言葉をさえぎるようにして

「いえいえ、私の方こそ申し訳なかったのです。打ち合わせでは

 仏説阿弥陀経と伝えておきながら、いざご尊前に向かい

 ご遺影の故人を拝見すると、『ああ、このおじいちゃんはよく

 お寺にも来て下さり、よくこのお経を聞いてくださっていたなあ』と

 思い出して、『仏説観無量寿経』を読ませていただいたんです。
 司会者の方はきっと戸惑っておられるだろうと思いました。」

ああ~、良かったあ(^^;)もしもお打ち合わせ通りにご焼香を

案内してしまっていたら、とんだ赤っ恥をかくところでした。
今回に限らず、急に予想外の進行に変更されることもないわけでは

ありませんし、見た目にあわてず騒がず対応しつつも時には

心臓の音が聞こえそうなくらい、ドキドキの場合だってあるんですっ!

それから数日後に、また同じご住職とご一緒する機会があり

「今日は間違いなく、仏説阿弥陀経を読みますからご心配なく!」

と、苦笑いをなさいました。そして


「私達住職も、あちこちの葬儀式場に伺って導師を務めますが

 司会者の方によって、葬儀そのものの雰囲気がずいぶんと

 違ってきます。お経や作法を把握していただいていると

 安心してお勤めができますよ。ありがとう・・・。」

ときおり、「葬儀に司会なんぞ要らん!」と不愉快そうに言われる

宗教者もおいでになりますが、こんな風におっしゃっていただけると

それこそ司会者冥利に尽きると言うものです。

まだまだ知らないことはたくさんありますし、失敗の積み重ねが

あればこそ、同じ間違いを繰り返さないように次へとつなげる

義務もあると思っています。

宗教者と信頼関係が結ばれると、実は私たちにとってはさらなる

メリットもありまして♪ もっといろいろなことを教えていただきたいと

興味や欲も出てきますから、知識も増えてますますパワーアップ(笑)

寝言でお経が読めるようになるかもしれない(コレは違うか・・・^^;)

いずれにしても、またこのご住職とお会いするのが楽しみになったのは

確かなのでした(^^)v  いや、別に惚れたわけではないっすよ あせる



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