初出勤してきましたが、なんというか全然平気でした。
というのも、家にいると毎朝母がいないことに落ち込みますが、会社には母はいないのが当たり前なので、母の死を意識をする時間が全然なく、精神的に安定してました。
あとやっぱり一人でいたり、身内とだけ顔を合わせるより、色んな人たちと話してるほうが気が紛れるというかなんというか。
まあ、年末に母が亡くなったことは皆知ってるのでその事で結構声はかけられましたが、それはやっぱりまだ話題にするのは難しく、長く休んだことを謝罪した後ささーっと話を逸らしてしまいました……
そうすると皆それ以上言ってこないので助かりました。
それはそれとして。
終わったと思ってた手続きが実はまだあったことと、会社にてそれが増やされてしまって……
どこの会社でもそうだと思いますが、親/子/配偶者が亡くなると弔慰料が貰えるので、そのための書類と、あとは忌引用のです。後者はまあいいとして前者が結構面倒です。まだ書いてる途中。(正直言うと別に貰えなくてもいい)
私は早く引っ越しをするべきなんだろうなあ。
母が使っていたもの、母が買ってきたものが大量にあるここに住んでいる限り、どうしても母がいないことを意識してしまう。
別に母の物があるのは悪くないはずなんだけど、まだショックが大きすぎて、母がいなくなったことを直視出来ずにいるんです。
今日の日記のタイトルにした「グリーフケア」というのも気になってます。
グリーフケアについては、知っている方も多いと思いますが、大切な人を失って深い悲しみにある人への心のケアのことです。
グリーフケアをテーマにした映画もあって、東京や大阪などでは12月に上演していて、宮城・福岡・兵庫では2月に上演するらしいです。
行ってみようか迷ってます。配信などもあればいいのですが。
予告編見た限りインタビューがメインぽいですね。
先月、「母が死んだらどうしよう」と思いながらSNSで死別アカウントを色々見ていた時に、グリーフケアプログラムに参加された方を見かけました。
同じような思いを抱える人たちで集まって、お互いの話を聞いたりしているみたいです。
確かに同じような思いをしている人で集まるのはいいかもしれないですね。
そういう場でなければ、「こんな思いをしているのは自分だけ」みたいな孤独感がありますからね。
でも、人の話を聞くのはいいけど、自分の話はまだ出来ないかも。
そういえばこれもグリーフケアの一環だと思うのですが、「自死遺族の集会」というのがあるそうです。
私の母は病死なので関係ないですが、自分と同年代の宇多田ヒカルさんがお母様の死に関して今年(もう去年)の夏にツイートしてたので印象に残っていました。
自死遺族の集会に通ってみた時期、精神分析、育児や創作を通して自分と向き合い続けたこの10年で学んだこといろいろ。
— 宇多田ヒカル (@utadahikaru) August 21, 2023
死に正しいも正しくないも自然も不自然もない。
何かをすると決めた人間がそれを実行するのを周りがいつまでも阻止するのはほぼ不可能。…
宇多田さんのお母様が亡くなったのは2013年ですけど、ずっとこういう集会に通っていたことに驚きました。
自死だったことも理由だとは思いますが、母親の死に気持ちの整理をつけるのは時間がかかるのでしょう。
私もこうやってどこにも出せない気持ちを文章にすることで自主的なグリーフケア活動をしてるのかもしれません。