明日は12月25日。母の命日です。
久しぶりにブログ書くことにしました。
最後に書いたのがもう10か月も前…納骨すらしていない頃ですね。
思えば母がいなくなってから四十九日あたりまでは長い長い日々でしたが、その後はあっという間でした。
この一年、私は母の死に向き合わずに生きてました。
仕事に追われ、日々の生活をこなすだけ。
向き合おうとすると、やっぱり悲しくて、考えるのをやめて、母の死を無かったことにする。
その繰り返しです。
前にも書いたと思いますが「母は勝手に旅行に行った」と思い込むことで何とかしてます。
「死んだ事を理解しているのにそんなこと出来るのか?」と思われるかもしれませんが、ずっとそう思い続けてると、現実から目を逸らすくらいは出来るんです。本当に。
そしてこれも以前書いていた胆管がんを患っていた伯父のこと。
伯父も癌の治療はせず、10月に亡くなりました。
結局、母のお見舞いに来てくれたのが最後になってしまいました。
母の一周忌前に会いに行こうと姉と話していたのですが、その前に行ってしまいました。
どんどん減っていく親戚たちで、先週末、母の一周忌を行いました。
色々な話が聞けてよかったのですが、その反面皆は落ち着いて普段通りの生活をしているように見えて、自分だけが取り残されているような、孤独感を感じてしまいました。
本当はそんな事はないと思います。勝手に思い込んでるだけ。
母が亡くなってから一年経ったからといって、何も変わりません。
ただ時間が過ぎたというだけ。
私はまだ、母の死に向き合えないし、来年になっても無理かもしれません。
両親を失ったことで、自分の人生も終わりに近づいていると感じるようになりました。
死にたいということではなく、それまでずっと先のように思っていた自身の「終わり」「終末」のようなものがぼんやりと見えてきた、というか。
この先、何かに挑戦したり、新しい出来事が起こったり、明るい未来があると思うことができなくなってきました。
この先はただ、落ちていくだけ。もう若くもありません。
何かを頑張ろうという気持ちになれないです。
毎日ただ日々が通過していくだけ。
私だけこんな気持ちになっているのか、両親を失うと、こうなるものなのか?
(同じように両親を亡くした姉やいとこがいますが、彼らには子供がいるので私とは違うだろうと思ってる)
別に絶望や悲嘆の中で生きているわけではないです。
ただ、変化のない景色のゆるい下り坂をずっと同じスピードで降りながら、「終わり」に向かっていく。
そして、そのことに抵抗しようと思わないのです。
そういうもの。両親が終末を迎えたように私も迎える。
仕方がないのだと。