二光通販のギターたち
今日の路上で使ったギターは
Thomas TM-180。
1970年代、少年雑誌の中で広告通販をしていた「二光通販」のギター。
今も昔も、Gibson、Martinとか、海外の有名ブランドのギターは数十万もする高額な楽器。
その中で「YAMAHA」や「Greco」はじめ、国産の楽器は比較的手頃に入るものの、それでも楽器は高い。
そんなときに登場したのが、「トムソン」や「トーマス」、「ハリー」...
この二光通販の安いギターたち!
価格は1万円~5万円の間で、ハードケースまで付いて、分割もOK。
当時としてもありえないくらい破格だったようです。
そしてこれも、今も昔も変わらない"一般的"な考え...
「安物の楽器は使い物にならないからやめておけ!」
だから、当時は二光通販の楽器への評価は高くなかったようで。
「どうせ通販の安物だろう。すぐ壊れるよ」と。
それから40年ー。
いま、俺の部屋には二光通販のギターが二つある。
「Holly」のストラト、
「Thomas」のアコギ。
未だに現役。逆に、年数経過が功を奏して、木が乾燥してすごくいい音がする。
実は近年、この「二光通販」の楽器が再評価されつつあるみたいで。
理由の一つが、国内生産にこだわっていたこと!
驚きの鈴木バイオリンはじめ、フェニックス楽器、すがの楽器...
生産コストを考えれば海外委託の大量生産が当たり前(今現在それが主流)なのに、国内のしっかりとした楽器製作所で作られていたため、
未だに現役の楽器が多いのだとか!
えぇと...つまり何が言いたかったのかと言うと(笑)
今も昔も変わらぬ日本の職人魂に触れて、ギターを弾きながら心が温かくなりました。
大事に使っていきます(^-^)
PS:...そして二光通販、再評価のもう一つの理由は、もちろんこの広告の内容のようです(笑)
#ナウなフィーリングで大流行
#一人きりのコンサートinマイルーム
#誰に聴かせるのかキミの愛を
ADHDであり続けること
とても長くなる。重いテーマだけど、同じような思いを抱えてる人がいるんじゃないかと思うと、
この証を書かずにいられません。
「ディスレクシア」
その存在を今日、偶然見たテレビで知った。
他のことは普通にできる、
あるいは飛び抜けた才能を持っているのに、
読み、書きだけが非常に困難で、生きにくさを抱えている方がいる。
自分では頑張っているのに、できない。他のことは普通に出来るからこそ、誰からも理解されず
「怠けた結果だ」
「やれば出来るのに(やろうとしないから出来ない)」
と周囲から言われ、冷たい視線に苦しみ、
「やはり自分が怠けているからダメなんだ」
と自分を責め続けた毎日…。
俺にとってこのストーリーは、共感の域をはるかに超えて、心の奥底をグッと掴まれた感覚だった。
「自分にADHDの特性がある」って気付いたのは、忘れもしない、短大で発達障害に関する授業を受けているときだった。
ADHD
幼児期~小中高生までにみられる発達障害の一種。
特徴としては
・衝動性(結果を考えず思いつきで行動する、など)
・不注意(大切な物を忘れてくる、他のことを考えて集中できない、片付かない、期限を守れない、など)
・多動性(落ち着きがなく、じっとしていられない、など)
・言われたことを忘れて失敗を繰り返す
・ある特定の分野ではものすごい才能を発揮する
など...。
その時は、明らかに幼少の自分とリンクしすぎて
「俺、ADHDじゃん!!」
「親から教えてもらう子どもの頃の話、ほとんど当てはまる!笑」
と友だちと一緒にある意味ネタのような感覚で笑い話にしてた。
幼稚園の頃の先生に聞いたら、
「確かに、そういう特性があるから配慮した関わりをしてた」
とも話してもらって。
でも同じ頃、
「ADHDは大人になっても残ることがある」
ことを知って。
そして俺は、それが紛れも無い事実なんだって、自分自身の経験を通して、何度も何度も突きつけられることになった。
ここに詳しくは書かない。書けないと言う方が正しいかもしれないけど。
大なり小なり、「なんで!?」っていう失敗を俺は繰り返した。
どうして俺はこうなんだ?
ってずっと、深刻に悩んでた。
去年のこと。
保育園の園長先生と、次年度へ向けた面談があった。
そのとき俺は思い切って、自分がADHDの可能性があって悩んでいたことを話した。
正直怖かった。自分に障害があるかもしれないって言うのは。
「...よかったじゃない!あなた、黒柳徹子になれるのよ!!!」
園長先生から返ってきた答えは、俺の想像とあまりにかけ離れてた。
俺にはあんなに盛れるような髪の毛が、ない。(いやそこじゃない)
でも、園長先生は続けて言ってくれた。
「黒柳徹子さんもADHDだって言われていて、本人も自分が発達障害を抱えているって認めつつ、他の人と違う発想とかセンスで物凄く活躍してるのよ。
ADHDで活躍してる人、多いのよ!
あなたがADHDなら、私は『よかったじゃない』って言うわ」
このとき、どれだけ救われた気持ちになったか。
話してよかった。俺は心から、心からそう思った。
今でもまだ、俺はADHDの特性と格闘してる。きっとこの先も。
でも、園長先生に打ち明けた日から、明らかにADHDとの向き合い方は変わったんだ。
俺がADHDであることには、絶対に意味があるんだ。
それは紛れもない、不動の希望であり続ける!
誰にも言えないで、抱え込んでいる事。
抱えるのさえ辛いのに、手離せないでいる思い。
心から信頼できる誰かに、そっと、話してみてほしいって心から思うんだ。
きっと、自分は一人じゃないってことが、痛いほど、温もりに溢れて感じるって信じてる。
最後まで読んでくださったあなたにも、本当に感謝です(^-^)
ヨハネによる福音書 9:2-3 JLB
"弟子たちが尋ねました。 「先生。 どうしてこの人は、生まれつき目が見えないのです? 本人が罪を犯したからですか。 それとも両親が......?」 「いや、そのどちらでもありません。 ただ神の力が現わされるためです。"
困難は、必ず益になる(^-^)
アルバム
仕事を持っていることもあって、元々自分の曲でお金をいただこうなんて気は全くなかった。
でも、自分の曲たちで何か出来ることはないか、その思いはずっと抱えていた。
そんな中で、一つのことを思い出した。前に出会った九州の「ぷらんくとんず」がやっていた
「チャリティーCD」
という方法。彼らは、その売り上げをボランティアセンターに寄付していた。
「これだ!」
と思った。
伝えたい希望がある。
一人ひとりが価値あって生まれた存在。
自分の弱さ、惨めさはどうしても目につく。でも、神様はその全てを含めて愛してくれて、その全てを益にして、最高の将来を与えてくれる。
神様のフォーカスは俺たちの欠点じゃなく、今生きる俺たちが輝きを放つこと。
そんな想いを込めたアルバムを、いま、作っています。
実際、俺はほんと、マジで、弱いし、
まだまだアルバムを作る以前に超えなきゃないことはたくさんある。
今のこんな自分じゃ、アルバムを作っても「きれいごと」としてしか届かないんじゃないかって思う。
でも、状況を気にして止まってはいたくない。
もしこの想いが神様の前で正しいならアルバムは出来上がるんだろうし、
正しくないと語られるなら、今はアルバムを作るべきときじゃない。
二つに一つなんだ。
今抱えるどんな状況も、神様に委ねる強さを祈り求めて。
アルバム、皆様のお祈りの一部に加えていただけると幸いです。
読んでいただき、ありがとうございました(^-^)
「声(弾き語り.Ver)」





