英語の先生、たまに合わない人がいる。今回もそうだった。

 

 
わたしは英語の文法を完璧にするためじゃなくて、会話が楽しくて、それで続けてる。
でも、前置詞抜けたり、動詞の時制を間違ったら、全部、中断して指摘して、フルセンテンスを複数回練習させしようとするので、会話が途切れてばかり。あれ、何のはなししてた?みたいになる。
 
日本の交通についてどう思うかみたいな話題になった。
私「多くの人が、日本の列車はやたら静かで驚いたって言う」
「たしかに、ガタンゴトン少ないよね、線路がよいのかな」
私「ああ、ガタンゴトンの音もなのですか?これまで話題になったことがあるのは、車内の人があまり喋らないということでした」
「あ、それはそうだね。君の言い方が悪いよ(fault)。君は交通機関の違いについて聞いた。だからわたしは列車やレールの構造のことについて答えた。
喋らないというのは人の違いで交通機関の違いではない」
 
…そ、そうかな?私が悪かったかな。
 
現にわたしは何回もこの話をいろんな先生としてきた。そして、そのうちの、複数回で、自然と「列車内が静か」な話になったのだ。
自分の故郷では列車内で飲食したりギターの弾き語りしたり普通だよっていう人もいた。
列車内を「室内」と捉えるか「野外」と捉えるかってめちゃくちゃ面白い違いだと思うけど。
それを交通機関の違いとして話すのは「fault」だろうか。
 
まぁ、こう反論する英語力もないし、
この人とはそれが盛り上がるトピックにならないだろうし、流した。
 
というわけで、9割?もっと?の確率で
英語レッスンは楽しいんだけど、
今回は珍しく楽しくない回だった。
ただし、たとえば英検控えてるとか、TOEIC受けたいとか、そういう人だったら合うと思うので、
その人が悪い先生とかそういう話では全然ない。「相性の問題」であると思う。
 
 
※※
 
壊れずにがんばれるのはとても
素晴らしいコトだと思う。
 
いや、語弊があるか。
「がんばる」の定義がとても難しいな   
 
不登校で、発達に特性のあるお子さんを育ててるお母さんのブログをよんでる。(いつも、すごく偉いと思うし、考え方が素晴らしいと思う)
私自身の弟をみても、
そしてAさんをみても
共通点があると思う。
 
それは、
がんばることが難しい。ということ。
 
がんばるという定義が難しいなというのは、
がんばるが、苦しい状況に耐えるという意味であれば、
Aさんだって、弟だってとてもとても頑張ってるのだ。
毎日過ごすだけでとても大変。
起きて、食べて、学校や仕事に行くということだけで、消費するものがものすごいだろうなと思う。
 
もっとも、私の弟の大変さとAさんの大変さの質は全く違うと思うし、
周囲の人間の大変さも弟とAさんで全く違う。
「わからない・混乱する・理解できない」の困りごとと、
不安が強かったり、
思い通りいかない焦りだったり、
人に対する不満や恨みごとがコントロールできない
困りごとと。だけど、いずれにしても、Aさんが楽してるとは思わない。
しんどいだろうと思う。
 
 
一方、「がんばる」が「いつもよりも無理する」という意味だったら、
弟もAさんもがんばれてないとおもう。
 
しなる竿に似ている。
釣竿って、負担がかかっても、しばらく耐える。
そして、そういうストレッチの先に、学びがあったり、はじめて見える景色があったりするとおもってる。
 
でも、Aさんとか弟とかって、竿自体がすごく脆くてすぐにポキッと行く感じ。
 
そしてそれは「日常の段階ですでに限界までしなってるからこれ以上負荷がかけられない」とはちょっと違う感じがする。
 
 
なんか、しならずにピシっとなってしまう感じがする。
そしてピシってなったら、即座にやめなけらばならない。このまま負荷をかけ続けて、ポキッとなってしまったらどれだけ大変か。心が壊れるってどうこうことか、私も弟で少しは見ている。
だから「無理だけはだめだ」に諸手をあげて賛成する。
 
だけど、
それって努力をあきらめるということであり、
頑張って達成する成功経験を重ねにくいということ。
それは「不幸」ではあると思う。まちがいなく。
 
Aさんは、この一ヶ月間、課せられたゴールにむけて進められなくてしんどかっただろう。でも努力はできなかった。
 
逃避行動はたくさん。
言い訳もたくさん。
言い訳のためだけの15枚もののスライドを作っている。
絶対それにいちばん時間かけたよね…
 
あきれ果てるけど
Aさんに厳しくすると、すぐにピシッてヒビがいってしまうので、あきらめている。
Aさんに意識や行動変容が必要になったら、それは専門家の仕事であり、私達が下手に調整すべきではない。
 
彼に「がんばれ」は無意味(本人は死にものぐるいでがんばりますとしばしぼ宣言しているけど)。
 
 
「こうやってみたら」も、本人に刺さらなければ、全く無意味。
 
今回も、違う「こうやってみたら」を私たちが考えることになるだろう。
 
これは、まぁ業務のうちだ。
 
我々の職場には問題児引き受け所的な側面もちょっとある。時々、他では手におえなかった人がくる(こういう部署はたぶん大きな組織にはいくつかあるものだと思う。)
 
でも、こんなん、
小さい会社だったり、
うちでも経営難になったら解雇だと思う。
 
それと…Aさんに対して私達のやってるコトって、障がい者枠でお仕事している人たちへのサポートと一緒。
 
だとしたら、その枠で働いてくれたら、会社にとしてはもっと厚くサポートできるし、雇用率→助成金とか政治のスキームにのせることができる。
もちろん私からそんなこといわないけどね。
まぁ、本人(過去の職場のパワハラに端を発した適応障害&ストレス障害と認識)は、自分に問題があるとは認めないだろうな。
 
 
そういえば、先日、
Aさんが「本日は全集中で歯をくいしばってがんばります」と宣言してた日
AさんとAA君と私が近くにいたんだけど、
私もAA君も雑談とか休憩とかなくても、全然大丈夫な質なので
(これがよいわるいでなくて)
数時間黙々とやっていたんだけど、
 
その間、Aさんだけが五、六回、もっと?休憩のために席をはずした。
本当に集中苦手なんやなーとおもった。
(でも彼のなかでは「全集中で全力を尽くしたが至らず…」になるのかもしれない)
 
 
 
※※※※
 
ひさびさ、おなかがめっちゃ痛くなった。
「えええ、、待って待って、これあかんやつ」
 
 
リングルとブスコパンでかなり落ち着く。
なんやろ、これ。