心理学に関して話をする機会を得て(※単なる内輪のイベントで)

そこで心理学という分野のはじまりに触れたいなと思って

 

グリニッジ天文台の記事を改めて読んでみた。

むかし、授業で先生から聞いただけだったから。

 

 

 

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1796年 ロンドンはグリニッジ天文台の助手が解雇される。その理由は、天体が子午線を通過する時間の測定において、助手の測定値が不正確であり、それが業務怠慢か技能不足とみなされたためだった。

しかし後年、この時の記録について疑問を持つ学者が現れる。それに端を発した彼の研究から、「物を知覚したり判断したりする際には、一定の時間が必要になること」「その時間は人によって違い得ること(個人差)」が明らかにされていく。

 

したがってこの事件は「実験心理学」のはじまりだと認識されている。

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https://www.researchgate.net/publication/14600929_Errors_of_Judgement_at_Greenwich_in_1796

 

なかなか示唆に富んで面白い記事だったのだけど、

この事件を一般の人に紹介したい気持ちは少々減退した。

いや、おもしろいのだけど、事実はそこまで単純じゃなかったため

話の導入として簡潔に説明できる自信がなくなったからだ。

 

私の身近には発達障害をもった人がいるし、私自身も注意コントロールがとても苦手なので、グリニッジ展望台事件が「個人差を発見する」「人による違いを想定する」きっかけになったというのは、「0の発見」みたいな感じがして、

インクルーシブにもつながるようで、

とても心躍るのだけれど…

 

実際のところは、一概に「個人の知覚や認知の誤差」で片づけられる問題ではなかったみたい。それが統計的に検証されちゃったよ、という記事だった。

 

 

私が読んだ記事(1996年のネイチャー誌の記事)

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●天文台の長官と助手の測定値の差は、「prior-entry effect」(注意を払っている部分における変化の反応時間が早くなる)や、「注意の切り替えに要する時間」によって生じたと考えられてきた。


●しかし、20世紀後半に入って、検証してみたところ以下のことがわかった。


①博士と助手の関係はあんまりよくはなかった。
②助手は複数回にわたり、無視できない失態をおかしている(機器を破損させるなど) 

※すなわち、助手の資質や、やる気が疑われる証拠が存在する。もっとも、助手は強いプレッシャーや厳しい労働条件におかれていたので、①②について一概に助手を責めるべきではないかもしれない。しかしながら過去の心理学者が信じたような「純粋な個人の認知過程の差」以上の要素が噛んでいた可能性は高い。

 

③目視による数値測定時の特定の数字の偏好は誰にでも生じるもので長官の測定値にも見られるものの、助手の方がはるかにその偏りが大きい。(彼が時計の秒針が時を刻んだと全く同時に天体が通過したと記録した数は、チャンスレベルを大きく上回っている)
④測定値の個人内のばらつき(SD)も、助手の方が有意に大きい。


●もっとも、3、4番目の理由については、助手が怠慢だからというわけではないかもしれない。(たとえば、「文中にランダムに振られた点は、文節に存在すると誤って知覚されやすい」という現象が一般に知られている)

でも、そうだとしても、3・4に基づくと、決して彼が優秀な観測者であったとは判断できないだろう
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そうかあ。率直に残念(笑) 

 

こういうのは歴史のあるあるだとは思う。

(ジンバルドの監獄実験も私が学生の時は、普通に教科書に載ってた。今も「悪しき例」として載ってるケースがあるみたいだけど)

 

 

ある事実が、真理の一端を確かにとらえていたとしても。その事実が100%真理を反映しているわけではないことのほうが多い。皆、美談を求めるけども純粋100%の美談はたぶんないんだろうな。

宝石が宝石として自然界に存在しないように。

 

 

とはいえ…

後年、ベッセルが、記録から、個人差の存在を疑い、それが心理学のきっかけになったのは間違いないことで、偉大なことには相違ないよね。

 

そして、それも

マッケイラインが当時の記録をちゃんと全部残していたからこそだってことも重要だよね。

 

そして、何より

人によって見え方、聞こえ方が異なるのは

事実で、とても大切なことで、そして面白いことだ。