釜山に戻って来ました。
さっそくですが、
この映画ご存じでしょうか?
どういう映画かと言いますと
~✌
第二次世界大戦のさなか、
三井財閥企業の役員を父に持つ令嬢・山本方子は日本の美術学校で出会った朝鮮からの留学生イ・ジュンソプと恋に落ちる。
空襲が激化し戦況が最終局面を迎えた
1945年、
方子は命がけで海を渡り、故郷に戻ったジュンソプのもとへ嫁いでいった。
幸せな時を過ごしたのもつかの間、
日本の敗戦後に勃発した朝鮮戦争の戦火と貧困に追われ、再び日本と朝鮮の地で離れ離れに。
それでもふたりの愛は失われず、唯一の通信手段だった手紙は200通以上に及んだ。
アジアの芸術家として初めてニューヨーク近代美術館〈MoMA〉に作品が収蔵され、遺された絵画は今や億の値がつく画家、イ・ジュンソプ。
韓国では知らない者はいないジュンソプは、生前キャンバスも買えないほど貧しく、39歳で息を引き取った。
彼が最後に会いたいと願ったのは、日本人の妻・方子だった。
~✌
さて、この画家イジュンソップ通りが釜山にあるのです。
場所は釜山の現代百貨店の裏で、地図を見ても解りにくい場所です。
探せど探せど見つからず途方にくれました。
そして、またもや発音の悪い韓国語で通りがかりの青年に訪ねました。
「イジュンソップ通り、ご存知ですか?」
青年は
「釜山に生まれ育ったけれど、そんな通りがあるとは知りませんでした。」
私は、青年に地図を見せて、ここに行きたいいんですと言いました。
ちょうど、仕事が早く終わり帰るところなので、もし良かったら案内しますよと言ってくれました。
いつも、現地の人の親切で旅行を乗りきっています。すいません、そしてありがとう✨
スマホで検索してくれてます。
この階段、映画「チング」で、走って逃げるシーンを撮った階段です。
四人の顔がうっすらと~(笑)
ヘエ~、こんな所で撮影したんだ!
この場所に来るのに道ではない道を通って来ました。これは探せないはずだ~(笑)
青年のお陰でイジュンソップ通りを見つけました。ありがとう❤
通り全体が美術館というコンセプトで壁や、階段などあらゆる所にイジュンソップの絵や言葉がありました。
写真ではよく見えないのですが、階段にイジュンソップの残した色んな言葉が書かれています。
この百階段を上りきった所に小さなオープンカフェがあります。
そこにはイジュンソップの絵のレプリカも売っています。
商売気の無さそうな若いお兄さんが、一人店を守っています。
ここで青年とコーヒーを飲みました。
建物中にはイジュンソップのレプリカの絵や雑貨を売っています。
イジュンソップと言えば、
牛の絵
ですね。
レプリカを買いました。
独特のイジュンソップの牛の絵です。
他の作品も見てみます。
貧しく絵具が買えず、煙草の銀紙に釘で絵を描いたそうです。
階段の言葉には
「どんな困難があっても
牛のように一歩づつ」
と書かれていました。
私も日本に帰ったら
「牛のように一歩づつ」
ですね✨
ここからは絵画村へと向かいます。
続く~✌