韓国旅行 カヤ国への旅⑫ テガヤ(大加耶) | 韓国旅行記

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歴史、文学、伝承、民話、美術、飲食などを絡ませながら旅します。


まずは、この写真を見てください。










テガヤ(大加耶)の古墳群です。

すごい数ですね✨
どれだけあるの?

と気になります。



この赤い点々が古墳群です

大小あわせて約700基が散在してるようです。

場所が何処かと言いますと、




高霊です。星



慶尚北道(キョンサンブット)
高霊群(コリョングン)
池山洞(チサンドン)

に5-6世紀に造られたとみられる古墳群が散在してあります。

以前、金海の金官加耶に行きました。

カヤ国とは小国家がたくさん集まった連合国家でした。その中でも有力なのが6カ国ありましたが、その6カ国のうちさらに強かったのが、

金海の金官加耶
高霊の大加耶でした。

しかし、ダントツは金官加耶でした。

そうですよね。
世界の歴史を見ると川に沿って海岸沿いにある国は何時の時代もリッチで強いですよね。

ナイルに沿ったエジプトしかり、
チグリス・ユーフラテスに沿ったメソポタミアしかり、
………………


この金官加耶は鉄の生産もするわ、貿易もするわで、強くて裕福だったんですね。

周りから見ると、ヨダレが出る程、欲しい場所です。

そして、やられちゃうんです。
新羅(シラギ)に~

532年金官加耶滅亡。

金官国王 金仇亥(仇衡王のこと)は、
王妃と奴宗、武德、武力 3王子を連れ、
新羅に降伏。

滅亡となる。 ・・ 金官伽耶 滅亡。

金官伽耶は、「血」を絶やさないために 新羅と婚姻関係を結びました。


仇衡王の孫(金庾信の父金舒玄)は、
新羅王族の萬明公主と結婚して、生まれたのが「庾信」というわけです。

新羅大将軍「金庾信」は 金官伽耶最後の王仇衡王の曾孫です。

ドラマ「鉄の王 キムスロ」から
「善徳女王」に繋がりますね~チョキ







しかし、高霊(コリョン)にある大加耶は捨て置かれるんですね。
ま、山中ですし、金官加耶程の魅力もなかったので、新羅は攻めることなく暫くはほっといたんでしょう。

金官加耶が滅びた後は大加耶の時代になります。

さて、では大加耶とはどんな国だったんでしょうか?

始祖である伊珍阿王から
道設智王に至るまで

16代520年間持続しました。口笛

大加耶の滅亡ガーン

大加耶が562年新羅に併合されることによって、加耶は歴史の舞台から消えてしまいます。

金官加耶の滅亡が532年
大加耶の滅亡が562年、

ということは
加耶連合国家のリーダーとしては30年程だったんですね。

しかし、この大加耶には優秀な人物が多くいました。

まずは、なんと言っても
伽椰琴をつくった于勒(ウロク)
が有名でしょう。



音符

他にも新羅の

大文章家である強首
名筆金生

大加耶の子孫です。

他にも大加耶の末裔に
海印寺創建に大きく貢献した
順應利貞がいます。


加耶滅亡後、

金官加耶出身者は金庾信など武で新羅の統一を助け、

大加耶出身の人物は文で新羅の発展に貢献したということが言えるでしょう。



さて、大加耶博物館です。
大加耶の歴史がわかります。




そろそろお昼にします。生ビール

高霊のバスターミナル近くの市場に行ってみます。









まだ昔ながらの市場が残っています。
チジミとビールを注文しました。

あまりのデカさのチジミにビックリでした。が、味はメチャうまでした。

その後、コーヒーを飲もうと喫茶店を探しましたが、無さそうです。

花屋さんで可愛い女の子が花の世話をしています。

「この辺りに喫茶店はありますか?」

「すぐそこに有りますよ。」

教えて貰った喫茶店は昔懐かしい昭和の喫茶店です。カフェとは言えません。

食後はコーヒーと煙草ですね❤
コーヒー

店の中には熟女が5人ほどいました。
客と言うよりは知人が集まってお喋りしてるようです。

「何処から来たの?日本?」
と聞かれ
「そうです。知ってるの?」

「大阪の十三でスナックしてたよ。」

そこから、いろいろと話が弾みました。

高霊の話や十三の話、こんな所でこんな出会いがあるとは~

旅はわかりませんね~



最後の日は、釜山に戻ります。

   続く。