ヤットコヤットコな感じで【古典鑑賞】編集始めましたm(__;)m遅くなってスミマセン。
今回は如月荘さんのお気に入りだった昭宝号です。
この犬は当犬舎…というか二代目には身近過ぎるのか、話はなかなかまとまりを見せず…
こりゃ困ったなぁー、と思っていたのですがだいぶ方向性が見えてきました。
二代目がなかなか乗り気にならなかったポイントのひとつに
「昭宝号頃の犬を『古典』と言うのは気がひけるんじゃ。」という事がありました。
確かに二代目にとっては昭和44年生まれの昭宝の同胎犬を種オスとして自分の犬舎に迎え入れているので『古典』と言う気にはなれないのでしょう。
実は私からしても古典に含めるには少し新しい犬のような気がしています。
で、今回の打合せでまずケンカ腰バトルになったのは
「四国犬の古典とはなんぞや?」
ということです。
実は二代目としてはワタスが付けたこの【四国犬の古典鑑賞】という題名自体、もともと気に食わないのです(-"-;A
例えば、日本史などでは文部省が決めた「定義」にしたがって「いつからいつまでが○○時代」とか決められていて(歴史学者の中では違う見解もあるでしょうが、学校教育法に基づく教育の一元化のために、ある学説を採用していると思っていいと思います)、それを基準にして授業が行われるために全国的にコンセンサスがとれていますよね。まあ、四国犬(日本犬)の歴史認識にはそういう「定義」がされていないということです。
日本犬保存会に学術部を設立していただいて、何らかの根拠にしたがって日本犬の歴史認識に指標を示していただければ我が親子のこういうバトルもないのでしょうがwww
(そういう指標を示すことが出来るのは古くから日本犬の血統書を発行している日本犬保存会にしか出来ないことだとも思います)
二代目は「オレ的定義」みたいな発言を極端に嫌います。それは当犬舎が単なる愛好家の一犬舎に過ぎないからで、偏った知識から出てくる勝手な発言をネットに垂れ流すようなことをしたくないのだと思います。
ネットと言わず今までも人づてに聞きかじっていく「伝言ゲーム」のような伝達によって本来の意味からだいぶ逸脱してしまった“日本犬の知識”と言えるものもあるようです。
おっと。話が脱線してしまいましたwww
四国犬の歴史にも今までに幾つかのターニングポイントがあったと思いますが、皆さんは四国犬の『古典』と呼べるのはどの犬までだと思いますか?
ワタスはこのブログのテーマを決めた当時は異系統の交雑(四国犬のアウトブリーディング)が始まる直前の作出犬「定太号」までを自分的には(仮に)四国犬の『古典』としようと思っていました。
でも、古城先生のブリーディングプログラムから立ち上る“エスプリ”を感じていくにつけ「陸奥号がひとつの境目で、陸奥号が生まれる前までが『古典』って感じかな?」と思うように変わってきています。
では、二代目的にはどうなんでしょう???
2:「お前はブログに書くのにどうにか文章にしようとして仮に『古典』とか『近代』とか書いとるが、ワシはそういう言い方は好かんのじゃ。」
3:「とさん。まあそう言わずにお願いししますよ。参考として個人的・主観的な、単なる意見として聞きたいのです。」ソコヲナントカ(´・ω・`)ヨロシクニャー
2:「うーん。そうじゃの。『古典的な表現』という意味合いでの『古典』というならば『山出し犬が持っていた表現』がワシの中での『古典』じゃの。」
3:「そ…そこまで言うか!!!」∑(( ̄□ ̄;
とさん…あんた古いよ。古すぎるよ(T▽T;)
でも、よ~く考えたら二代目が言う意味合いで行くのがいいのかもしれません。
ワタスは「古典はどの犬まで?」と考えすぎていました。
そうではなくて【四国犬の古典鑑賞】というテーマは
「四国犬の古典的な表現を鑑賞しよう♪」でいいのかも。
そうだそうだ。日本犬は色々な表現があったんだったわ。定義定義と枠にはめられない、その混沌としたバランス感覚こそが日本犬の美しさの本質なのかも知れないのです。
昭宝号。この犬の目の色 は現在失われた「四国犬の古典的な表現」だったそうです…。
明日もう一度、二代目に話を聞いてまとめていきます。
これでいいのだ♪バカボンドなのだwww ボンボン♪
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よろしくデス。

