関連記事として【四国犬の古典鑑賞】より下記リンクをご参考くださいますようお願いいたします。
■熊号の血を受け継ぐ貴重な犬
今までそれほど語られてこなかった長龍号ですが、考えてみれば純系会(土佐純系作出研究会)のブリーディングプログラムに於いては非常に重要な役割を担っています。
純系会の古城先生は【定太号】の作出にあたって、綿密な計画を立てて何年も前から陸奥号のお相手の台メスを探していました。そして生まれる前から貰い受ける約束までして、ようやく陸奥号にふさわしいお相手【長美女号】を手に入れ大事に育てて台メスとしました。
この“最高の台メス”を陸奥のお相手にできたからこそ、かの【定太号】や兄弟犬の【或羽号】という名犬が作出されたわけです。
では、古城先生は長美女の血統のどこがそんなに気に入っていたかということですが、それは純系会のブリーディングで作出された【黒旋風号】 と【定太号】 の血統構成を今一度ご覧いただきたいと思います。(それぞれ犬名をクリックすると別窓で図が開きます)
ここに登場する2頭の台メス、長美千号と長美女号はそれぞれ長秋号と長龍号の血統を引き込むための台メスであったともいえます。この話は上記の関連記事に詳しく書かせて頂きましたので省略しますが、私がお話を伺った時にも古城先生は是が非でも長龍号の血統をご自分のブリーディングに組み込みたかった、というような口ぶりでした。
長龍号の血統はもう皆さんお気づきかと思いますが、本川の山出し3大祖犬がバランスよく配置されているところが最大の特徴でしょう。この時代にはもう、初期の山出し犬である熊号の血統をしっかり引き込んだベタな本川系はこの一胎くらいしかいなかったのではないでしょうか。
ちなみに先の記事で写真をご紹介しました同胎犬の長俊号は熊号の表現が強く表れていますね。
長龍号は高松の村上氏の持ち物だったために、古城先生はその血統の良さを見抜きながらも作出に使うことが出来ませんでした。しかしなんとしても熊の血を引く長龍の血統をご自分のブリーディングに組み込みたかったのだと思います。
古城先生は感情をあまり表に出されるタイプではありませんでした。しかし、長龍号と富士女号からメスが産まれると、すぐさま喜び勇んで貰い受けに行ったというエピソードからもそれを伺うことができます。
■戦後の日保展覧会
ところで、長龍号が生きた昭和20年代中頃の日保展覧会での四国犬はどうだったのでしょうか。
やっと戦争が終わって日本犬保存会も活気を取り戻しかけた頃、数頭の山出し犬を戦中の食糧難から守った古城先生によって作出された【陸奥号】が先陣をきって登場したのです。陸奥は「四国犬中興の祖」と言われ、展覧会もにわかに盛り上がりを見せることとなりました。その後すぐに陸奥を追いかけるようにして【松風号】と、この【長龍号】が登場し、何度か一騎打ちを演じることになったのです。
上の写真は昭和24年の秋に開催された本部展の記録です。遠目ですが長龍と松風の表現の違いがよく見て取れますね。松風のリードを持ってしゃがんでいるのが松風を所有していた名ハンドラー、北村卯之介氏です。
この甲乙付けがたい2頭の台頭によって、四国犬の愛好家の趣向は「松風派」と陸奥,長龍に代表される「長春系派」に二分されるかたちとなりました。
これ以降、両者の表現のよい所だけを持った犬を作ろうと、意図的な異系繁殖(アウトブリード)による作出を試みる愛好家が増えていきます。
そして四国犬は系統mixの時代へと移っていくことになるのです。(be-so)
_______次回も通常の古典鑑賞の予定です。
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