「春との旅」
先週まで近くで公開していたんだけど、
今週からは例の郊外の物干竿映画館(=2本で1000円)で始まると知っていたので、こちらへ行った。
人にはそれぞれ生きていくための哲学があり、
それはその人の生き方においては何ら間違ったところはない筈なのだ。
ただし、それが他人と擦れ合う中においては確実に不協和音を響かせる部分があり、
しかしそれはそれでどうしようもないのだ。
だってそれはその人の哲学なんだから。
彼が漁師を続けた事は、彼にとっての生きる哲学だったのであって、何ら過ちはないのだ。
しかしそれを別の面から見た人は、彼の生き方をエゴと呼ぶ。
或いは最後まで人など頼らず責任持ってそのエゴを貫き通すべきだと言う人もいる。
彼にも罪はない。エゴと思う姉にも罪はない。彼を傷つける弟にも。だから皆が互いに思い遣れる。
それが身内なんだろう。それが他人なんだろう。
とにかくそんな事を淡々と描き続けて話は進む。
この淡々さ加減が私の琴線に毎秒ごとに触れるので、今までになく映画を見ながら泣いた。
とにかく役者が全部いい。全部いい人すぎる事もなく悪い人すぎる事もない。非常にリアル。
そして大変にいい人である戸田菜穂がまた最高にいい。
徳永えりちゃんの5年以上分の悲しみを爆発させる部分と相まって、この2人には泣かされたよホント。
ここまでは本当に、心から最高だった。
今年一泣くかと思われた最後の10分、そこが問題だった。果たしてあの終わり方でいいのか、と。
「あれはしょっぱ過ぎるだろう」「あれは周到過ぎるだろう」と。
(このしょっぱさは以前見た「ウディ・アレンの夢と犯罪 」にも繋がる気がする、との事。
確かに、人間の愚かさと愛しさを同時に描かせたらウッディ・アレンはピカイチの1人だもんね)
全く個人的な意見だが、蕎麦屋の部分から最後までを変えて欲しかった。
まず、ラストに閉店間際の店で麺類食べるってのはどうしても「北の国から」を彷彿とさせる。
しかもクライマックスで泣かせる用意がしてある訳だし。
確かに、父親がどうしてああいう事に至ったのかの説明は欲しいけど、別の場面でも良かったと思うし。
観客を泣かせましょう的な春の台詞もいらないなあと思った。
だって彼女がそう考えてる事は何もわざわざ言わせなくったって十分伝わるもの。いかにも説明的だよ。
それと、最後にああ描く必要はあったのかなという事。
例えば先日見た「オカンの嫁入り 」的な終わり方だって余韻は残ったと思うのね。
勿論、ああしないと、春が解放されない訳だから、というのは解るけど、
それならそれで描き方はあったと思うし。
ま、いずれにしてもこのラストは、好みの問題かもしれないけどね。
90%までメチャクチャ良かっただけに大層惜しい気がしたが、
アンサンブル映画としての出来は最高だと思うのは変わらない。
最近の軽々しいニッポン映画に一石を投じたのは確か。見て損はない。
