初心者同志 -70ページ目

怖い先輩。

自分ではわからなくても、

人には見えていること、というのがあるのかも知れない。


私はこれまで、先輩という存在に

ほとんど、気に入られたことがない。


特別に何かしているつもりはないのだけど、

何故かキッと睨まれて、


「反抗的なヤツだな」


なんて、言われたりもする。


うーん、身に覚えがないだけに、ほんと不思議。


一度なんて、学校の先輩に、二人がかりで

トイレに連れて行かれたことさえ、あった。

その先輩たちが言うには、


「お前、前から気に入らなかったんだよ」


ということ、らしい。


問題は、私のなにが気に入らなかったのか、なんだけど、

私にはまったく、思い当たるところがないんだ。


目立つ格好をしていたとか、人をバカにしていた

なんてこともない。

どちらかといえば、私は気は小さいくて、

おとなしい人間なんだよ。


それだけに、勝手にそんな印象を持たれて、

一方的に気分を害されるのは、なんだか心外というか、

納得いかないなあ、と、これまでは思っていた。


ま、確かに私も、好かれようとは、思ってないんだけどさ。


だからといって、理由もわからないまま、

一方的に嫌われるのは、ちょっと悔しいもんなあ。


ただ、ちょっと思い出してみると、

私のことを、そうして嫌う先輩たちというのは、

仕事場でも、学校であっても、大抵は周りから、

怖がられている人たちばかりだった、

というのは、決して偶然ではない気がする。


最近仕事場で、前から何故か、

私のことをずっと、敵対視する先輩のことを

見ていて、ふと気が付いた。


この人は、周りから、怖がられていたいんだ。


尊敬される、というのと同じくらい、

怖がられる、ということに意味を感じているのだ。


子供のころ、近所に、子供の姿を見るだけで、

大声を上げて追い払おうとするおじさんがいたけど、

あれと一緒だな。


確かに、私は小心者ではあるけれど、

怖がって欲しいと思って、わざと、

そんな態度をとる人のために、

わざわざ怖がってあげるほど、暇でも、臆病でもないぞ。


そのとき私は、わかった気がした。


きっと、私のこういう考えた方が、先輩からすると、


気に入らない、反抗的なやつ。


に見えるんだな、と。


だとしたら、私はこのままでいいや。


先輩に気に入られることが、正しい自分になるってこと

じゃないのなら、別に今の自分を変える必要はない。


今、私は、そう思っている。


大兵器ハンター。

待ち構える私たちハンターを、

まるで高圧的に、見下ろすように、

ゆっくりと降りてくる伝説の古龍、クシャルダオラ。


それを迎え撃つために建てられた

城砦の上に立ち、私は正体不明の兵器のスイッチを前に、

立っている。



MHFss195


うーん、どこかで見たことあるんだけど、これって何だったかなあ。


なんて、考えている余裕は、もうないぞ。


砦のすぐ前に、今にも降り立とうとしている

クシャルダオラを見て、スイッチを押そうとした、その時だった。


あ、これ、大闘技場で見た、



MHFss194

これだ。


思い出したときには、既に、私の手はもうスイッチに。


カチッ。



MHFss196


ドドーンッ!


う、うーむ・・・・・・。



一日がずっと夜だった日。

もう、ずっと太陽を見ていない。


この時期は、毎年がそうだということは、

分かっているのだけど、いまだに私は

この毎日に、どうしても慣れることができずにいる。


朝、目が覚めると、外はまだ太陽が昇っていなくて真っ暗で、

それはシャワーを浴びて、着替えて、

自転車で仕事場に向かっている間も変わらない。


ようやく、空が明るくなりはじめたかな、

という頃には、私は職場で一人、仕事を始めているし、

仕事を一度開始すると、自分の場所から移動する

チャンスも、外に出る機会もまったくない。


あまりに忙しいときには、お昼休みでさえ、

仕事場から出ないで、終わらせてしまうことさえある。


ま、休み時間があるだけましだけど。


で、全ての仕事を終えて、片付けをして外に出てみると、

当然、すでに太陽は沈んだあとで、

外はすでにまっ暗になっている。


うーん、本当に今日は、一度でも太陽が昇ったのかな。


と、それで、私は思ってしまう。


昇ったに決まっているんだけど、

でも、自分の目で確認したわけじゃないからなあ。


一日中、ずっと、夜だったんじゃないかな。


で、家に帰り、眠って、また次の朝起きると、

やっぱり外は、まだ暗い。


うう、太陽とは、どうしたら会えるんだろう。


なんて思っていると。


休日、疲れきって、お昼も近い頃まで眠っていて、

ふと目が覚め、部屋が明るい光に満たされているのに気づいて、

まるで漫画のキャラクターみたいに、飛び上がって

驚くことがある。


あ、休日だった。


と気づいて、また布団に潜るのだけど、


うーん、なんだか明るいと、眠れないなあ・・・・・・。


太陽なんてもう要らないから、早く夜に会いたいよお。


すっかり醒めてしまった頭で、私は思うのだった。

景品の真実。

さて、これは缶コーヒーなどで知られる、

飲料メーカーが行っている、キャンペーンの、

当選に関わる、私の体験した悲喜こもごも。


前回までのお話はこちら。

一等の景品。

よく、キャンペーンで当選したときにもらえる景品を

紹介するチラシが、自販機に貼られていたりするけれど、

私は、断言したい。


そこに写っているものを、決して、安易に信じてはいけないぞ!


何故ならあれは、プロが撮影した、プロの作品だからだ。


某社のキャンペーンで、見事当選して送られてきた、

一等の景品。

特製ミニコンポ。


なんの印刷もされていない、とても簡素な白い箱を

開けてみると、中には確かに、写真どおりの

製品が、厳重にクッション材に包まれて入っていた。


おお、これがミニコンポかあ、と思いながら、

箱いっぱいに詰められたプチプチの梱包材を出していくと、

どこまでも、どこまでも、出てくるのはそればかり。


おーい、求める製品はどこだーっ。


ようやく全てのクッション材を取り除いて、

やっと製品と対面してみれば、

うーん、なんだか思っていたよりも、ずっと小さいぞ。


ミニ、というけど、本当にミニなサイズ。

あまりに小さくて、ちょっと子供のおもちゃみたいなんだ。


しかも、外側のフォルムは、ちょっとツメでひっかいたりでもしたら、

すぐにも削れて傷になってしまいそうな、

柔らかいプラスチック製。


うーむ・・・・・・、なんだか、想像していたのと随分違うなあ。


確かに、紹介されているチラシと、

改めて見比べてみると、外見は、全く同じだ。

写真には、製品のサイズも書いてあるわけじゃないしなぁ・・・・・・。


なんだけど、なんとなく、騙された気持ちになるのは、

うーん、なぜだろう。


とはいえ、自分でお金を出して買ったわけでもないのだから、

これくらいで満足するべきなのかな、と思った私は、

ふと、そのチラシに、色々な場所でよく見かける、

あの見慣れた一文が書かれているのを、見つけたのだった。



「本品は実際の製品とは一部、異なります。

予め、ご了承ください」


うーむ・・・・・・。

一等の景品。

ずらりと並ぶ自販機で、各社が、

一斉に缶コーヒーのキャンペーンを

始めているのを見ると、

ああ、今年もそんな季節になったんだなあ、と思う。


最近では、温かい季節の間も、

缶コーヒーの売り上げは以前ほど落ちなくなっている、

と新聞に書かれていたのを、そういえば読んだことがある。


うーん、たとえ、そうだとしても、

これからの季節は、缶コーヒーを売る各社にとって、

勝負の時期になるって、ことなんだろうな。


あと、豪華な賞品がプレゼントされるというキャンペーン自体も、

最近では、缶に貼られたシールを剥がして、

そこに書かれているシリアルナンバーを

ネットに登録することで応募が完了する、というタイプのものが

一般的になっているみたいだ。


シールを毎回、専用のはがきに一枚一枚貼って

応募していた少し昔の事を思うと、

とても手軽になったなあ、と思う。


缶コーヒーを買ったその瞬間に、そのキャンペーンに

応募まで、できちゃうんだもんな。


きっと、実際に応募している人たちの人数も、

昔に比べれば、ずっと増えているんだろうなあ。


その反面、当選者を決める当日、

製品のCMに出ている芸能人が、大々的にカメラの前で、

送られてきた大量のはがきの中から直接、当選者を選ぶ、

という光景は見られなくなった。


こんなに沢山の人が応募してたのかっ、とか

本当に当選者がいるんだな、なんて

一般の人たちが思う機会もなくなってしまって、

企業からすると、いいことばかり、とも

言えないのかも知れない。



学生時代、私は部活で飲むためのスポーツドリンクを、

毎日、水筒につめて、持っていっていた。


それで、その製品についていたキャンペーンの

シールが、どんどんたまっていったので、

どんな景品がもらえるのかも確認しないで、

私はそれを全部ハガキに貼って、送っていたことがあった。


もちろん、当たるなんて思ってもいなくて、

ただ、捨てるのはちょっと勿体無いなあ、というくらいの

気持ちだったんだけど・・・・・・。


やっぱり、欲のない純粋な心というのは、

ときとして、幸運を呼ぶのかもしれない。


というのも、送ったハガキは、ことごとく当選して、

毎回、何かの商品が家に送られてきていたのだ。


もちろん、そのほとんどは、指定していた景品の

外れ当選だったりして、いわゆる残念賞のようなもので、

粗品程度の景品だったりしたのだけど、それでも、

一度などは、一等の、特製ミニコンポだったり、

質のいい特製キャップだったりが送られてきて、

自分の運のよさに、一時期、我ながら、ちょっと呆れてしまっていた

くらいだった。


と、ここまでを読んで、


そうか、あれって意外と当たるものなんだなあ。


と思った、そこのあなた。


せっかくの理想を壊したくはないけれど、

やっぱり、ちゃんとした事実についても書いておこう。