しなくて良い親の介護 -4ページ目

しなくて良い親の介護

ようやく子育てのゴールが見え始めたら、親の介護がスタート⁉
他にも兄弟がいるのに自分にだけ、頼ってくる両親。不公平じゃない?

私が20代の頃は、
精神科に行くことは、
今ほど一般的ではありませんでした。
 

よほどのことがない限り、
精神科を受診するという
発想自体がなかったように思います。

「うつ病」という言葉も、 
まだほとんど知られていませんでした。
 

就職してから2年が経った頃、
大量の仕事と家族の問題に 
押しつぶされそうになっていました。
 

平日は残業で疲れ果てて、
気を失うように眠り、
土日は起き上がることができず、
眠り続けました。

誰かに話しかけられても、
まともに返事をすることが
できませんでした。

自分では明らかに
おかしいと感じていたので、
病気に違いないと思い
受診しましたが、

どこにも異常は
見つかりませんでした。
このまま仕事を続けることは
難しいと思い、退職しました。

仕事を辞めて、しばらくすると、
症状は治まりましたが、
仕事を続けられなかった
自分の不甲斐なさを
責めていました。

仕事を辞めて、
体は楽になりましたが、
心は置き去りになったままでした。

このままではいけない、
何か手を打たなければならない。
そう感じていました。

精神的なものだと思い、
精神分析の本もいろいろ読みました。
 

ずっと生きづらさを感じていたので、 
自分の性格が悪いのだと思っていました。

そして、自分の性格が変われば、
この苦しみから
救われるのではないかと
思っていました。

たくさんの本を読みました。
さまざまな方法を試しました。

それでも、

思ったような効果は得られませんでした。
 

紆余曲折の10年を過ごした後、
友人に勧められて、
般若心経を唱えるようになりました。

朝は気持ちが重く、
般若心経を唱える気持ちには
なれなかったので、

夜、寝る前に一人で、
小さな声で
唱えてみました。

1週間ほど経った頃、少しだけ、
心のモヤが晴れたのではないかと
感じました。

それまでの私は
無心で家事をしていると、
過去の嫌な出来事や
理不尽な仕打ちの記憶が
次々と思い出され、
怒りが沸々と
湧き上がってくるような状態でした。

思い出したいわけでもないのに、
「なぜ私はこんなにも嫌なことばかり
思い出すのだろう。」
そう思っては、
自分は性格が悪いのだと、
自己嫌悪に陥っていました。

そんな私でしたが、
般若心経を唱えるようになってから、
そうしたことが以前より 
少なくなっているように感じました。
 

ただ、その時は
「自分に都合よく解釈している
だけかもしれない」
と思い直しました。

それから、しばらく経ったある日、
マンションのゴミ捨て場で
お掃除の女性に、
私は「おはようございます。」と、
朗らかに挨拶をしました。

その時、挨拶をした
自分に驚きました。

「私、こんな風に挨拶できる人だったっけ?」

私は挨拶することがとても苦手でした。

私に挨拶してもらいたい人なんていない。

挨拶しても誰も返してくれない。

挨拶しても意味がない。

そんな風に思っていました。

挨拶が苦手だったので、
私は、かすれたような 
小さな声を振り絞って、
なんとか挨拶をしていました。

ところがその時は、
自分でも驚くほど、
元気で朗らかな声で
挨拶をしていたのです。

何十年も生きてきて
初めてのことでした。

以前は、挨拶をすること自体が
辛かったので、
人を避けるように
生活をしていました。

そして、そんな自分が嫌でした。
誰に対しても、
明るく朗らかに気持ちよく
挨拶ができたらいいのに、
そう思っていましたが、

気力や努力では
どうにもなりませんでした。

そんな私が、
特別に行動を変えようとしたわけでも
ないのに、自然と元気に挨拶が
できるようになっていました。

家に戻ってからも、
気持ちよく挨拶ができた自分に
気分が良くなって、
少しだけ、元気が湧いてくるように
感じました。

それは、私にとって、
自己肯定感が少しだけ
上がった出来事でした。

他に何かトレーニングを
したわけでも無かったので、
般若心経を唱えたことが、
変化をもたらしたのだと 
感じました。

そのことを機に、
私は毎日般若心経を唱えることが
習慣になりました。

この小さな変化が
私の回復の始まりに
なったと感じています。