私は有給休暇を使うことが
できませんでした。
どうしても、有給休暇を
使わなければいけないような
正当な理由がなければ
有給休暇を使ってはいけないと
思っていました。
三連休に1日プラスして
旅行に行ったりする事は
絶対にできませんでした。
私は非正規雇用で
働いているので、
有給休暇を取ると
継続してもらえない
かもしれないという
不安もありました。
周りの人に迷惑になるかも、
嫌な顔をされるかも、
それが怖くて、
休みを取ることができませんでした。
正規の人が自由に休みを
取っているのに
非正規の自分が
遠慮して休みが取れないことに
不公平な感じがして
モヤモヤしました。
去年の夏休み、
同じ部署の正規雇用の同僚が
8月の1週目に10日間夏休みを
取ることを伝えてきました。
私は長期休みは
周りと相談してから
取るものだと思っていたので、
私の都合や予定を確認することなく、
先に休みを入れてしまった同僚が
私に配慮がないと感じ
不快に思いました。
私もちょうど同じ時に
休みが取りたいと思っていたので、
また、私の方が我慢しなくては
いけないのだと思って、
やりきれなくなりました。
その直後、今度は上司が、
カレンダーを見ながら、
私に向かって
「え、この日休んじゃうの?
来てもらえると思っていたのに、
どうしょう、出張入れちゃったよ。」
と、言いました。
私が、あまり休まないので、
あてにされていたようでした。
上司に悪気がない事は
わかりますが、同僚といい、
上司といい、私に対する配慮のなさに
胸がつまるような思いがしました。
他の人が自由に休みを取っても
何も言われないのに、
どうして私だけ
そんなことを言われないと
いけないの?
本来、正規の人が持つべき責任でしょ?
私が休むことが、どうして問題なの?
そう思って、1人で悶々としました。
こんな思いばかりするのは
もう嫌だと思ったので、
予定を変更することなく
夏休みを取りました。
それでも気持ちは
すっきりしませんでした。
どうして、
私だけ自由に休めないのだろう?
他の人は自由に休んでるのに。
考えれば考えるほど
疲れてしまい、
もう他の人に悪く思われても、
いいと思うようになりました。
4か月後、年末になって、
また、同僚は私に相談なく
長期休みをとっていました。
私はまた、
1人で不快な気持ちになり、
悶々と考え込んでしまいました。
しばらくして、ふと思い立ち、
同僚と同じだけ休みを取ろうと
決心しました。
それは恐怖を感じるような
チャレンジでした。
嫌な顔をされるかもしれない、
迷惑な人だと思われるかもしれない
そう思うと、胸がギュッと
締め付けられました。
私が、恐る恐る、
同僚に休むことを伝えると、
「うんうん、休んでも大丈夫でしょう。」
と言ってくれました。
あまりにもあっさり大丈夫と
言われたので拍子抜けしました。
その上、私が休みを取りやすいように、
気を遣って、仕事の調整まで
手伝ってくれました。
思いがけない同僚の優しさに
涙が出るほど嬉しくて、
同僚に感謝の気持ちが湧きました。
今まで自分だけ休みが取れないと
モヤモヤして、周りの人に
嫌な感情を持ってきたことに、
恥ずかしさを感じました。
でも、その思考の沼に
深く沈んでいて、抜け出すことが
できなかったのです。
どうして頑なに
自分だけ休みを
取ってはいけないと
思っていたのだろう?
このことを考えるにつけ、
私は周りに遠慮して休みが
取れないと思っていましたが、
本当は休みを取ることが
怖かったんじゃないかと
考えるようになりました。
休みを取ると、自分が職場で
不要な人間だと思われることが
怖かったのではないかと。
私は本当は休みを取りたかったのに、
存在意義を失うのが怖くて
あえて、休みを取らなかったのでは
なかったのかと。
職場に必要な人だと
思われたかったんだ。
だからみんなが休まないでと
言ってくれていたんだ。
無意識に自分が望んでいたのかも
しれないと気づきました。
いつも、自分だけ我慢することで
自分の価値を保てていると
思っていました。
そこに自分の価値があると
信じていました。
ずっと、それを求められてきたので
それしか、自分の価値を示すことが
できないと思っていました。
私がいなくても、
仕事はなんとかなる。
自分がいなくても
大丈夫なんだという現実は、
自分の存在価値が無くなるようで
心許なく感じました。
でも今は、
私の存在価値は
ひとりで我慢することではないと
わかっています。
助けてもらう存在で、
私はここにいていい。
そして今は、それが心地良いのです。