亀尾城を訪問したのはまったくの偶然でした。ちょうど「城巡り」アプリで熊本県の内陸部を検索していたところ、距離的にもちょうどいい位置にあり、時間的に明け方になるので訪問するのにもいい。そんな程度の心から始まったのですが、これがなかなか素晴らしい出来でした。特にまるで古墳のような円状の空堀はなかなか見ていて興奮してしまった。そんな熊本の早朝の城巡りは眠気との戦いの中で始まりました(笑)
前夜にレンタカーを借りてまだ4時代に「宿」を出発。板井熊野座神社を目的地に設定して暗闇の熊本市街を走行して、向かいます。丁度神社の前まで来た辺りでだんだんと明るくなってきました。
流石にまだ森林の中は暗く、写真映りも悪いものでしたが、豊前堀と呼ばれるこの円状の空堀が非常に良い。
その中心に亀尾城の中心部主郭があります。
城の東曲輪群
曲輪群の横堀
それにしてもこの形状は何かこう前方後円墳の古墳を想起させるもので、「肥後の城」の独特性を感じ、やっぱりこの城を訪問できて良かったと嬉しい誤算の喜びで一杯でした。
これら空堀の形状などは近年の発掘調査の結果として復元整備されたものだそうで、なかなかに菊池市の城整備の素晴らしさが体感できるものでした。
綺麗に整備された城跡公園
豊前堀の由来は豊前から来た僧侶が由来、もしくは南北朝時代に豊前勢が築いたからとの諸説があります。麓には亀尾城址公園に関する綺麗な解説板がありました。
亀尾城の麓には前川水源と呼ばれる湧き水の水源があり、今も地元民の方がよく訪問しているそうです。
〇南北朝時代から使用された菊地の城
亀尾城は肥後で南北朝時代から大きな勢力を誇った菊池氏の城「菊地外十八城」の一つに数えられ、本城である菊地城の南西方向の重要拠点として整備されたと伝わっています。元は地名の名を取って「板井城」と呼ばれていましたが、亀尾城の起源は何であるのかは定かではありません。板井川の北円にあたり、整備的にも重要な立地であり、また城跡の展望台から菊地平野が一望できるその戦略的重要性から、南北朝時代北朝方の九州探題今川了俊は菊地攻めの際、攻略の拠点としてここに万単位の軍勢を2年間にわたって駐屯させ、この時に改修されたと伝わります。
〇アクセス
熊本駅から車で40分
「亀尾城に狼煙が一本…」





























