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オタフンベチャシは北海道で10本の指に入る「名城」と言ってもいいくらいのアイヌのチャシ史跡です。この巨大なピラミッドの如き雄大な姿は単なる見張り台とか祭祀の用途では説明がつかない純粋な「戦う城」としての役割を果たしていたと考えられています。さてこの巨大チャシ史跡ですが、場所は北海道東部の浦幌町にあります。釧路と帯広の大体中間くらいなのですが、この一帯は一種の交通空白地域で史跡にアクセスするにはどちらかの都市に一泊して、1日数本の普通列車で最寄り駅まで行き、また普通列車で帰るのしか公共交通機関でのアクセス手段がありません(レンタカーで借りるにしても結局帯広か釧路に戻る必要がある)そしてその周りには本当に何もない、

繰り返します、本当に何もないのです。

今回はこの雄大なアイヌ人が築いた「城」を訪問するためのレポートです。

釧路駅は北海道東部の「一大ステーション」駅舎内には待合室があり、みどりの窓口があり、そしてコンビニや弁当や、古書店もある。大都市の駅なら「当たり前」にあるものが北海道では如何に貴重な存在であるか。何しろ主要都市部の駅を除けば、殆どが人家もまばらな駅であるので「何もない」のである。もっともその釧路の駅前も多くの建物が長らく使われることのない人気を感じさせないものとなってきており、人口減少の波は北海道東部のこの重要都市をも吞み込もうとしているかのようである。

前夜に釧路に一泊して、再び帯広方面へと「逆戻り」する。

長らく国鉄時代から使われ続けていたキハ40系の気動車と世代交代した新たなJR北海道の新型車両「デクモ」に乗車。

むろん車内の内装やトイレなどは最新型とあって非常に綺麗なのだが、座席の乗り心地はというと…完全にJR東日本の通勤電車並みである。基本短時間でならともかく、長時間乗車が当たり前の北海道ローカル線でこの乗り心地はかなり厳しいものがあった。

かつてのキハ40系は古く、色々年季が来ていたが、それと同時に厳しい冬の北海道に最適化された「温もり」のある柔らかい座席が長時間乗車でも「苦」には感じないものであったのだ。

列車は釧路郊外の貨物駅・工業地帯を過ぎると

一面広大な田園風景が広がる「北海道」らしい光景に。

やがて太平洋の荒波がすぐ間近に見える海岸線を疾走していく。

途中駅はいずれも年季を感じさせる古いものであるが、いずれも利用者が少なく、JR北海道ではこれらの途中の小さな駅は次々に廃駅となっていっている。いずれは特急停車駅程度しか残らない「本線」になりそうである。いや、鉄路そのものが危機に瀕している。

列車は1時間以上の時間をかけてオタフンベチャシの最寄り駅である厚内駅に到着。降りたのは私一人であとは数人の学生が乗り込んだのみであった。

 

北海道の駅らしく、寒い冬でも列車を待っていられるようきちんとした駅舎が残されているのがありがたい。

厚内駅前は人家があり、店などもあるが、殆ど人気を感じさせないものとなっている。僅かに車がたまに出くわす程度である。さて、当然無人駅であり、観光案内所のようなものなどない。頼みの綱はスマホアプリでの検索のみであり、それを頼りにオタフンベチャシまでの道を歩いていく。釧路方向への海岸線沿いの道をトボトボと歩く私。当然歩いているのは私一人であり、ここでも車がたまに通る程度。これではヒッチハイクすらできやしないなぁ…などと考えながら暇を紛らわす。

オタフンベチャシまでの道のりは約3.2キロ、この海岸と山々に挟まれた道路をひたすら釧路方向へと足を進めていくのである。これは公共交通機関での城巡りの人間泣かせの「城巡り」である。

そして約30分して、遂に見えてきた!遠くからでも人工に造成された形を成している丘陵、間違いなくオタフンベチャシである!

その巨大さ、そして二条に頂上から下まで張り巡らされた「空堀」の跡が紛れもない「城」のそれである。これを見た時には本当にここまでの労苦が報われた気分になった。ああ、ここまで来た甲斐があったと…

頂上までは僅かに先人が踏みしめたと思しき「道なき道」を熊笹をかき分けながら登っていく。標高30m程度の丘であるが、それでも登る時の一苦労はなかなかのものであった。10分ほどでようやく頂上に到着

熊笹に覆われながらもその空堀の張り巡らせ方は驚嘆の出来である。

南の海側、ここはまさに海岸線にある「道」を扼する要衝

内陸側の空堀

これが「登り道」である。この僅かな熊笹が倒れ込んだのが道。

これほどのチャシ遺跡がキチンとした形で残されているのは非常に嬉しい。もし北海道東部へ来る機会があれば、是非とも城巡りでおススメしたい(果たしてそんな人いるかな?)根室半島チャシ群と並ぶアイヌのチャシ史跡である。

そこへ再び次の根室本線の普通列車が一路私が下りた厚内駅へと疾走していく光景に出くわす。

戻る事30分、列車はちょうど特急の通過待ちのために待ってくれていた。実は厚内駅の東隣には直別駅という駅があったのだが、こちらは廃駅となっていた。この厚内駅が廃駅となってしまうとオタフンベチャシへの公共交通機関でのアクセスが不可能になってしまうわけで、何とか存続してもらいたいものである。
釧路駅に再び戻る頃には既に日没を迎えつつあった。駅舎内の売店で食料を確保し、次なる目的地の網走へと向かう。
 
「オタ・フンベ」とはアイヌ語で「砂・クジラ」を意味する。伝承によれば厚岸アイヌと白糠アイヌの古戦場だったという戦いの話が伝承として残されている。
 
〇アクセス

JR根室本線厚内駅から約30分

 
「オタフンベチャシに狼煙が一本…」