小一郎「あ~メンドクセーよ!どうせ道作ったら敵が攻めてくるだけやし、全力尽くすのもばかばかしいぜ」
監督役の武士「テメーら!無駄口叩いているようだったら、銭の代わりに鉄拳を喰らわしてやるからな!…
おい、そこの人夫!テメーらも………!?
監督役の武士「((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル)……ハハァ!!」
権六「侍が人夫風情に平伏するんじゃねー」(石鹸カッターザグ~ッ)
土木作業に勤しむオグリンと権六
オグリン「どうだ?」
権六「この道を更に拡張すれば軍勢の展開を迅速に行えます」
オグリン「今度はしっかりした道を作って、美濃に展開できるようにする」
権六「いいぞ、一気に奪う」( ̄ー ̄)ニヤリ
以上、今回面白かった唯一の豊臣兄弟第1話でした
……
ということでちょっと気分転換での第1話簡易感想です。
今回ネタ的に面白かったのはどう考えても画像並みに人夫風情の恰好が似つかわしくない位の大物オーラを出しているキノコ執権オグリン信長でした。もうこれは「フフッ」と笑うしかない。思わず画像のような妄想が出てしまった。もっとも折角オグリンにこんなネタ的初登場させるなら「何故わざわざ当主自らが人夫に変装しての土木工事を勤しんでいたのか?」という理由付けがなされていないのはどう考えてもマイナス。単純に主人公の小一郎と歴史上の有名人を出会わすイベントだけで終わってしまったのが勿体ない。さて第1話を見ての私が本作に抱いた感想
第1話目でいきなり地雷要素満載でいきなり黄信号が灯ってしまった
何かSNSとかで見ていると相互のフォロワーさんらもそうですし、「今回も面白そう!」という感想に満ち溢れていて「俺の感覚がおかしくなったのか?」などとおいう妄想に囚われていたのですが、何度見返してもやはり久しぶりの「軍師官兵衛」や「西郷どん」に感じたのと同じような感覚に襲われました。以下に私が危惧した点を述べていきましょう。
①「1話目のボーナス」の欠如
実は私は「今年の大河ドラマはどうか?」を測るのは1話目のボーナス。思い返してみるとこの1話目のボーナスの有無が「今年の大河はいける!」と乗れるか乗れないかの分岐点。実際、この1話目で乗れなかった大河は間違いなくあとは惰性で見ているだけでした。いうまでもなく大河ドラマは1年に及ぶ大長編ドラマです。当然ながらその最初の出だしは全体のストーリーの流れとか無視してでも最初にインパクト抜群の視聴者を食い入らせるように見せる仕掛けが必要となります。その意味で私にとってのこの形の一番の理想形の大河ドラマは
「葵 ~徳川三代~」の関ケ原大戦ですね。
「葵~」はまず第1話目を丸々関ケ原合戦ロケを使用してのインパクト抜群の出だし。しかも、本来第1部限定の敵役でしかない江守徹演じる石田三成がどう考えても構成的に主人公格にするという大胆な構成。これがあればこそ、大坂の陣以降がどうしても徳川家内のホームドラマメインとなって行ってからも見ることが出来たのですね。漫画でも長谷川ナポレオンが第1話目でまずナポレオンの人生最高点のアウステルリッツの戦いとグラサンかけたナポレオンという絵でものごっつい引き込まれてしまったものです(もっとも長谷川センセイ的には端緒をアウステルリッツ会戦にしたのはナポレオン漫画なんてどうせ打ち切りになると思って最初に持ってきたようですww)逃げ若もそうですね、1話目でいきなりラスボスにより、主人公の侍王子のいる国が滅亡&変態稚児ぶりという原作者の性癖全開の絵面で、これもまた優れた歴史モノはまず1話目で魅せようとする。
もう一つはここ最近の大河ではこの1話目のボーナスと共に意外なキャストがめちゃくちゃドハマりしてその大河一の推しキャラとなってしまうミラクルもあります。2010年代以降の大河で行くと
「八重の桜」(2013)VFXによる映画クオリティの鶴ヶ城攻防戦と歴史上の人物になりきった綾野容保公(力拳)
「真田丸」(2016)大国武田家の滅亡への悲劇、そして武田家の真の英主としての矜持に満ち溢れた武田四郎勝頼(力拳)
「鎌倉殿の13人」(2022)1話目で幼児が殺害される過酷なる世界を印象付けた千熊丸事件と大河史上最も尊い大河ヒロインとして降臨したガッキー八重ちゃん(ガンギマリの目)
「べらぼう」(2025)明和の大火と徹底的に搾取され、最期はゴミのように捨てられる吉原世界と「葵」の梅雀黄門様並みにドラマ本編の世界にフリーダムに介入して綾瀬はるかの人間態に変身して見せた九郎介稲荷ナレーション(ホッコリ)
とドハマりした大河は全部この「1話目のボーナス」があったんですよ。さて翻って「豊臣兄弟」はというと…
ないやんけ~何もないやんけ~
1話目でもういきなり平常運転。だっていきなり出だしが百姓同士の争いを仲裁する主人公小一郎というどう見ても絵面的に大河の第1話目としてのインパクトに欠けるもの主体。例えばですが、これむしろ最初にですが、桶狭間合戦なりあるいは今回登場した柴田勝家の権六さんを後半の宿敵となる賤ケ岳合戦あたりを序盤にもってきて「天下人に近づいたサッルの傍らで補佐と仲裁をする小一郎」の図を描いてから、そこから時を巻き戻す形にしての先のシーンにした方が大河ドラマらしいと思うのよ。いや確かに一応イメージ映像では出ていたけどね。あれではまったくインパクトになる絵面ではないのよ。ついでに言うとこれは「麒麟がくる」でも危惧していたキャスト発表がノッブやお市、浅井長政など三英傑のテンプレのような有名人ばかりが先行して、肝心の羽柴家の家臣団が後発となったことも危惧ポイント。むしろここは蜂須賀小六とか藤堂高虎とかを出しての合戦シーンにした方が彼らのキャラ付けを示す意味でも重要だったのではないでしょうか。そしてその代わりに今回の大河で描かれたのが
①1話目でいきなり話の主人公として活躍する小一郎
②そして何の脈絡もなく織田家の面々と邂逅するため(だけ)に出てくるミッションイベント
というのがミエミエ。主人公がいきなり活躍する大河で私が「良い」と思えた大河は無いです。今まで…
②スタンスがブレブレの野盗襲撃シーン
今回私が一番のマイナス要素だったのがこの野盗襲撃シーン。一言で言えば
主人公補正で緊張感に欠ける(どうせ死ぬわけがない)演出
その最たるものが家に押し入られて見つかっても何故か危害の一つも加えられなかったなかやともらのシーンでしょう。「女子供でもたたっ切る!」とか言っておいて何故かガン無視する&家を荒らすわけでもない&ギャグのような捨て台詞吐いて退場する野盗にどんどん見ていてテンションがダダ下がりになってしまいました。小一郎が幼馴染を救うシーンにしても同じで、野盗の頭目を説得するシーンでも緊張感に欠ける演出。そして最後に野盗襲撃後にもまったく変わらぬ農村風景と来たもんだ。え?あの野盗たち、人さらいも略奪もしないまま引き揚げたの?せめて背景に家に燃え広がるとか家族を殺され嘆き悲しむ隣家の人々とかを入れるだけでも入れるだけでも戦国の過酷なる世界とそこを生き延びた出世した秀吉一家の特別性を描けられらのに…
もうね、序盤からこんなユルイシーンを入れられると「ああ、今回の大河は多分そのレベルの大河なんだなぁ…」と脱力してしまうだけで何一ついい要素がない。これもせめて本作が「ギャグに振り切っています!」というスタンスならまだしも後半になると闇堕ちしたオグリンとか、兄の闇を感じて逃げようとする小一郎なんてシーン(しかも何故そうなるのか明示がない)を入れているので、どっちなんだい!とツッコみたくなりそうになりました。
③秀吉大河のテンプレ・ヒールの柴田勝家
折角、山口馬木也さんという「おお!これは!今年の権六は違う!」と感じさせるキャスティングであったにもかかわらず、
サッルを成り上がり者を蔑む傲岸不遜な権六
という『太閤記』以来の秀吉モノでのテンプレともいえる人物像にゲッソリ。いやまあ、権六はどうしても秀吉物語では「傲岸不遜な敵役」にならざるを得ません。歴史の実像に則れば、羽柴秀吉=旧主信長の遺児や未亡人をも死に追いやる光秀に勝るとも劣らぬ野心家の梟雄、柴田勝家=それを阻止せんとした織田家きっての忠臣となるので、秀吉を主人公にするとその部分を誤魔化すためにこういう人物像になるしかない構造なのは理解できます。でもさぁ、むしろここは意外性という意味でやはりサッルとも仲良く織田家を盛り立てようとする高潔なる権六と、それを表面上煽てて陥れるサッルとか見てみたいと思わへん?
悪い意味でのテンプレは歴代大河に踏襲するのはまさに『軍師官兵衛』と同じですね。
とりあえず、石田三成が出てくるまでは様子見で見ていきますが、私的にはちょっと今年は外れの予感。もちろん外れることを願っていますが…
