環濠集落…それは一般的に言われる「城」との概念は全く異なるそれでいてやはり「城」の一種といっていいでしょう。ただし、守るものは城主ではなくムラを守るための「城」でもありました。特に室町時代後期の畿内は戦乱が頻発し、そこに住まう人々は何としてでも自衛のために自分達が住まう「集落」を守るための防御施設として「環濠集落」を発展させたのでした。

 我が生まれ故郷の大和国においてはその「環濠集落」が沢山現存しています。今回はそんな大和の環濠集落をご紹介していきましょう。

まずは郡山城で有名な大和郡山市。K鉄大和郡山駅から自転車を借りてのレンタサイクル旅。大和国は非常に道が狭く(冗談抜きで凄い狭いのである、地元民は知っている)車で行くのは非常に不向き。代わりに役立つのが自転車であり、狭い道や路地もスイスイ進むのが非常にいいです。稗田環濠は少し距離が離れているので大体20分ほど走ると到着します。

ぱっと見は変哲の無い住宅街にしか見えませんが、

かつての環濠周囲を張り巡らせた水堀は現在では拡張されて水路として活用されています。

自転車でかつての環濠外郭沿いを走らせていきます。

張り巡らせた堀が全て現存する貴重な集落。それが稗田環濠です。これを一周してみるだけでもかつての「環濠集落」とは何だったのか?を現代に生きる我々に教えてくれます。もちろん、本格的な攻城戦など思いもよらなかったでしょうが、あくまでも集落の自衛用として有効な存在だったのでしょう。

環濠の中心部に位置する売太神社

「古事記」の編纂者として有名な稗田阿礼に由来すると言われる由緒ある神社です。

神社脇の堀

売太神社の境内

案内板にある稗田環濠集落の上空からの全景

 

周囲に張り巡らせた旧堀の水路からは非常に涼しい水気が感じられ、夏でもそんなに暑く感じずに環濠集落の実態を観察することが出来ました。

奈良もすてたもんんじゃないね

 

〇アクセス

近鉄橿原線大和郡山駅からレンタサイクルで20分

「稗田環濠に狼煙が一本…」