○摂津最大の山城

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大阪と京都の間にある高槻市、その近郊・摂津峡は一大景勝地として有名です。その北摂山脈から丁度平野に出る入口を塞ぐような形で築かれたのが芥川山城です。その歴史は戦国前期、永正12年(1515)に管領・細川高国が、被官の国人・能勢頼則に築かせたものです。

創建当初は山上に壮大な御殿を築いたという当時としては画期的な城でした。

その後、細川は政治的に衰退すると台頭してきた三好長慶の城郭となり、彼がこの城を居城とした期間は「芥川政権時代」と呼ばれる、まさに天下人の長慶絶頂の時期にありました。その後、居城を

飯盛山城に移転しました。しかしその後も重要性は変わらず、永禄11年の織田信長が上洛した時には、京都からそのまま芥川山城の攻撃へと軍を進めました。そしてこの城で足利義昭とともに2週間ほど滞在して、松永久秀や公家・文化人らとの対面を果たしました。信長が京にいたのは実質10日余りで実際にはこの芥川山城の掌握に重点が置かれていたことが分かります。信長にとっては、細川家が築城して、三好長慶の居城であった「畿内統括の要所」を抑えれば京を抑えるに等しい存在だったのではないでしょうか。

 こののち、城には義昭の家臣の和田惟政が入り、当時来日中の宣教師は彼を「都の副王」と呼ばれました。ただし、翌年には新たに平野部に「高槻城」を築き、この城の歴史は終焉を迎え、以降はこの地域の中心は高槻城へと変わります。

 

○アクセス便利、城はすぐそこ

芥川山城へはJR高槻駅から高槻市バス「塚脇循環」にて向かいます。バスの本数は1時間に2本ぐらいで行くのはそれほど難しくはありません。バスで15分ほどして住宅街が山で途切れるところに「塚脇」バス停です。なお循環なので終点では無いので乗り過ごすと戻ってしまう恐れがあります。

バス停のすぐ傍に芥川山城の案内板があります。

縄張り図

それでは登っていきます。

大手道にある石垣

三好長慶の時代に築かれた可能性が高いですが、詳細は不明となっています。

人ひとりが通るのがやっとの土橋

堀切

やがて15分ほど登ると主郭にたどり着きました。西の曲輪南端には大土塁があります。

訪問時は6月でしたので雑草がびっしり

非常に開けた空間でここに御殿が築かれたのは間違いなさそうです。

主郭の中心には祠が建てられています。

 

○アクセス

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JR東海道本線高槻駅から高槻市バス「塚脇循環」で「塚脇」(15分、  220円)徒歩15分で登城口主郭まで徒歩15分

 

「芥川山城に狼煙が一本・・・」