宮沢賢治との関係
今日は 広告の仕事を終え、出版社との打ち合わせで本郷迄来た
私の出版社 宮沢賢治の為につくられた出版社。
そもそも、宮沢賢治の物語に、絵を着けた小林敏也氏のエッジング画を中心に
出版社としても飛躍し、賞歴も多数
そんな出版社から次の作品を出す私も あれよあれよで 6作目。
勢いで5/18の出版を目指しての本打ち合わせであった。
しかし 私的に どうも もやもやしていたのである
今日はそのガチンコ 打ち合わせ
今回のテーマは 死
そのモチーフは 自分自身で描き続けて10年 そして そこに生がある
この 重く 素晴らしい 生と死を描き続けることこそ 私の主題である。
そのテーマの深さ故、ストーリーの曖昧加減に 自分的にNGな感が多く
今回のガチンコとなる。
下地を描こうが 人と会って 次のストーリーをチラ話ししようが
出版社のなっとくで出そうが 少なくとも池谷剛一として文も絵も出る
この責任を自分で負えずに 誰が出せるのであろうか?
そこまで行き着くと 正直わけわかんなくなる。
人に何かを与え、何かを残すことが出来なければ作品としては存在する価値がない
出版社としての規模は 決して大きくはないのだが
過去の作品を改めて観たとき そこにある 宮沢賢治が私に重くのしかかった
特に気にしたこと等一度もなかったのだが 文章や その 画風や ひとつひとつのセンテンス
全てが 完璧であった
私は いつか いなくなる しかし わたしの ことばは えいえんに のこる
そんなストーリーが うめる 作家になりたい
小さい 桜の下 古びた公園のベンチ いつか さく
小さな作品に 大きな夢を持って 今もペンを走らせる
作家としてのはじまりから10年
世の中も 激しく進み 全てが 恐ろしく速く進もうとしている
改めて自分がこの世の中に 何を残せるのかを問う
宮沢賢治の 版画&エッジングを2色刷で表現したパロルの作品群
世の中のデジタル化に ローテクな絵本は ある意味不変である。
アウトプットの手法が代われど、決して無くなることのない文化であると確信した。
私の出版社 宮沢賢治の為につくられた出版社。
そもそも、宮沢賢治の物語に、絵を着けた小林敏也氏のエッジング画を中心に
出版社としても飛躍し、賞歴も多数
そんな出版社から次の作品を出す私も あれよあれよで 6作目。
勢いで5/18の出版を目指しての本打ち合わせであった。
しかし 私的に どうも もやもやしていたのである
今日はそのガチンコ 打ち合わせ
今回のテーマは 死
そのモチーフは 自分自身で描き続けて10年 そして そこに生がある
この 重く 素晴らしい 生と死を描き続けることこそ 私の主題である。
そのテーマの深さ故、ストーリーの曖昧加減に 自分的にNGな感が多く
今回のガチンコとなる。
下地を描こうが 人と会って 次のストーリーをチラ話ししようが
出版社のなっとくで出そうが 少なくとも池谷剛一として文も絵も出る
この責任を自分で負えずに 誰が出せるのであろうか?
そこまで行き着くと 正直わけわかんなくなる。
人に何かを与え、何かを残すことが出来なければ作品としては存在する価値がない
出版社としての規模は 決して大きくはないのだが
過去の作品を改めて観たとき そこにある 宮沢賢治が私に重くのしかかった
特に気にしたこと等一度もなかったのだが 文章や その 画風や ひとつひとつのセンテンス
全てが 完璧であった
私は いつか いなくなる しかし わたしの ことばは えいえんに のこる
そんなストーリーが うめる 作家になりたい
小さい 桜の下 古びた公園のベンチ いつか さく
小さな作品に 大きな夢を持って 今もペンを走らせる
作家としてのはじまりから10年
世の中も 激しく進み 全てが 恐ろしく速く進もうとしている
改めて自分がこの世の中に 何を残せるのかを問う
宮沢賢治の 版画&エッジングを2色刷で表現したパロルの作品群
世の中のデジタル化に ローテクな絵本は ある意味不変である。
アウトプットの手法が代われど、決して無くなることのない文化であると確信した。
シティオブゴッド
シティオブゴッド ★★★☆☆

ジャンル : ドラマ
製作年 : 2002年
製作国 : ブラジル
配給 : アスミック・エース エンタテインメント
監督フェルナンド・メイレレス
原作パウロ・リンス
1960年代後半、ブラジル・リオデジャネイロの貧民街“シティ・オブ・ゴッド”では銃による強盗や殺人が絶え間なく続いていた。そこでは3人のチンピラ少年が幅を利かせている。ギャングに憧れる幼い少年リトル・ダイスは彼らとともにモーテル襲撃に加わり、そこで初めての人殺しを経験すると、そのまま行方をくらました。一方、3人組の一人を兄に持つ少年ブスカペは事件現場で取材記者を目にしてカメラマンを夢見るようになる。70年代、名をリトル・ゼと改めた少年リトル・ダイスは、“リオ最強のワル”となって街に舞い戻ってきた…。yahoo映画より
ブラジルのチルドレンギャングが殺戮を繰り返し、成長する。
人間というのは、本能的に殺戮を理性や自我に目覚める前の幼年期に覚えると、恐ろしい殺人マシーンになっていくらしい。久々にDVDを借りてきて視聴。
フェルナンド・メイレレスならではのカメラワークとホコリ臭い演出。灼熱の太陽をイエローフィルターで表現 映画であることを忘れ、ドキュメント映像を観ているような錯覚になるほどリアリティある生臭い映像の数々。舞台は違えども貧困層が生きる為に人を殺し、成り上がって行く様が人間の凶器として描かれる心揺さぶる一本。設定は異なるがホテルルワンダの視点と、合わせてみると感慨深い。

ジャンル : ドラマ
製作年 : 2002年
製作国 : ブラジル
配給 : アスミック・エース エンタテインメント
監督フェルナンド・メイレレス
原作パウロ・リンス
1960年代後半、ブラジル・リオデジャネイロの貧民街“シティ・オブ・ゴッド”では銃による強盗や殺人が絶え間なく続いていた。そこでは3人のチンピラ少年が幅を利かせている。ギャングに憧れる幼い少年リトル・ダイスは彼らとともにモーテル襲撃に加わり、そこで初めての人殺しを経験すると、そのまま行方をくらました。一方、3人組の一人を兄に持つ少年ブスカペは事件現場で取材記者を目にしてカメラマンを夢見るようになる。70年代、名をリトル・ゼと改めた少年リトル・ダイスは、“リオ最強のワル”となって街に舞い戻ってきた…。yahoo映画より
ブラジルのチルドレンギャングが殺戮を繰り返し、成長する。
人間というのは、本能的に殺戮を理性や自我に目覚める前の幼年期に覚えると、恐ろしい殺人マシーンになっていくらしい。久々にDVDを借りてきて視聴。
フェルナンド・メイレレスならではのカメラワークとホコリ臭い演出。灼熱の太陽をイエローフィルターで表現 映画であることを忘れ、ドキュメント映像を観ているような錯覚になるほどリアリティある生臭い映像の数々。舞台は違えども貧困層が生きる為に人を殺し、成り上がって行く様が人間の凶器として描かれる心揺さぶる一本。設定は異なるがホテルルワンダの視点と、合わせてみると感慨深い。










