そして僕は天使になった
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オデッセイア

生と死のあいだを、
人は小さな舟のように漂っている。

あまりにも短い時間の中で、
誰かと出会い、
誰かを失い、
それでもまた誰かを想いながら生きていく。

『オデッセイア』は、
遠くへ旅する物語でありながら、
最後には「自分が帰る場所とはどこなのか」を探す物語でもあった。

海を越え、
戦いを越え、
時間を越えて進んでいく。

けれど、その壮大な旅の中心にあるのは、
決して英雄の強さだけではない。

迷い、孤独、喪失、
そして、それでも前へ進もうとする人間の意志。

どれだけ遠くへ行っても、
どれだけ長い時間が過ぎても、
最後に人を動かすものは、
きっと人と人との絆なのだと思う。

家族であったり、
仲間であったり、
愛する人であったり。

人は何かを成し遂げるためだけに旅をするのではなく、
誰かのもとへ帰るために旅をしているのかもしれない。

そんなことを考えさせられた。

そして、今回もうひとつ圧倒されたのが役者たち。

まず、マット・デイモン。



オデュッセウスという、強さだけではなく、
迷いも、疲れも、怒りも、弱さも抱えた男を、
とても骨太に演じている。

英雄なのに、決して遠い存在には見えない。

長い旅の中で削られ、
それでも帰ろうとするひとりの人間として見えるところがいい。

対するアン・ハサウェイのペネロペも素晴らしい。




戦いに出るわけでも、
海を渡るわけでもない。

ただ、待ち続ける。

けれど、その「待つ」という行為が、
この物語ではもうひとつの旅にも見えてくる。

時間に耐え、
不安に耐え、
それでも信じ続ける。

オデュッセウスの長い旅と、
ペネロペの長い時間。

この二つが離れた場所で進みながら、
最後にはひとつの物語として重なっていく。

その対比がとても印象に残った。

さらに、トム・ホランド、ロバート・パティンソン、ゼンデイヤ、シャーリーズ・セロン、ルピタ・ニョンゴ、ジョン・バーンサルなど、普通なら一本の映画で主役を張っていてもおかしくない俳優たちが次々に出てくる。

それなのに「豪華キャスト映画」という印象だけで終わらない。

それぞれがこの巨大な神話世界の一部として存在し、
物語の厚みになっている。

誰が出てきても画面の密度が落ちない。

このあたりも、
今回の『オデッセイア』の大きな魅力だったと思う。

映像としては、とにかく圧倒的。

『ダンケルク』のような張り詰めた緊張感があり、
『グラディエーター』のような歴史スペクタクルの重厚さがあり、
そこに『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカーのような、
一人の人間が巨大な運命の中を進んでいく“神話的な旅”が重なっていく。

英雄譚であり、
戦争映画であり、
冒険映画であり、
そして、とても個人的な「帰還」の物語でもある。

巨大な風景や戦いのスケールに圧倒されながらも、
なぜか最後に心に残るのは、
静かな眼差しや、
誰かを想う時間だった。

ノーラン作品は、
時間や空間をこれでもかというほど大きく扱いながら、
最後にはいつも人間の感情へ戻ってくる。

今回もやはりそこだった。

人は何のために生き、
何のために旅をし、
そして、どこへ帰っていくのか。

生と死のあいだを、
人は小さな舟のように漂っている。

その短い航海の中で、
誰と出会い、
誰を想い、
どこを自分の帰る場所にするのか。

時間も距離も越えて残るものがあるとすれば、
それはきっと、
人と人との間に生まれたものなのだと思う。

ノーラン、さすがです。

そしてこのキャスト。
この映像。
このスケール。

これは映画館で観る映画。

観るなら、IMAX一択。

時には懺悔を

『時には懺悔を』

ひとつの死から、
遠い昔の誘拐事件へと、
物語は静かにつながっていく。

けれど、
そこにあったのは事件の真相だけではなく、
人が抱えたまま生きてきた痛みや、
言えなかった言葉や、
見ないふりをしてきた時間だった。


生まれること。
生きること。
幸せであること。

どれも、
わかっているようで、
ほんとうはよくわからない。
見ようとせず、蓋をしている。


「生まれてこないほうが幸せでした」

その言葉が、
小さな石のように心の中へ落ちて、
ずっと沈んでいる。

誰が正しくて、
誰が間違っていたのか。

そんなふうには、
簡単に分けられない。

人は傷つきながら、
ときに誰かを傷つけながら、
それでも、
誰かの手を探している。

重い物語だった。

でも、
最後に残ったのは、
不思議と暗さではなかった。

救いとは、
きれいに許されることではなく、
抱えたものを抱えたまま、
もう一度生きてみることなのかもしれない。

観終わったあと、
自分は今まで何を見てきたのだろうと思った。

そして、
何を見ないふりをしてきたのだろう、と。

開けたことのなかった
心の奥の扉が、
少しだけ開いた気がした。

静かで、
重くて、
それでもどこかあたたかい映画だった。

絡まれるのか?俺



お盆、未返却の本返せコールが襲来し

図書館に本を4冊返しに行く途中。

金髪、オラオラ系、肩で風を切って歩いてくる。
ヤンキー図鑑があるなら冒頭に登場するお手本の様な装い。その彼が真正面からこっちに来た。

一瞬、
「絡まれるか?」

と身構える

「今日、ちょっと涼しいっすね」

……え?

「どうしたの?」

「いや、なんか誰かに話しかけてみたくって」

なんだそれ(笑)

「君、いいね。最高だよ」

「マジっすか?何がっすか?」

「マジで。知らない人に話しかけてみようって、その感覚いいよ」

「なんか同じ匂いがして」

いやいやいや。
私は56歳のおじさんです(なんなら文化人枠っすよw)

「おじさんじゃないっすよ。お兄さんっすよ」

さらに最高。

最後は、
「君、最高だな」
「最高っすか?なんかうれしーな」
「そーだよ、最高だよ。17歳、最高だな」
「おじさんも最高っす」
「あ、違う、お兄さんも最高っす」
「じゃあまたな」
「あざっす。最高っす」

と別れた。

2026年8月16日、午前11時00分。
図書館の前。

名前も知らない。
たぶん、もう会わないだろう。

最高っす

でも、なんだかすごくいい時間だった。

人って、理由もなく誰かに話しかけていいんだな。
そして、夏も間も無く終わる。

#最高っす
#夏休み
#17歳と56歳

ポルトガルコラボ絵本Céu日本発表!その4

DAY02

て事で、本番!

うまくいきましたー!

ゴンサロの音楽と私の絵。

そして朗読のおふたり。

2012年のゴンサロからのメッセージをきっかけに約13年の時を経て、ポルトガルと日本が改めて繋がり広がった瞬間でした。全ての方に感謝します。














ポルトガルコラボ絵本Céu日本発表!その3

DAY01-02

3日の滞在だったが、結局リハーサル中心で何も見れず。雰囲気は堪能!そしてイザ本番へ!


















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