見えない敵とセンサー
ちきしょー 俺がションべんする前に流しやがって~
と、センサーが勝手に働いたコトにどこで覚えたのか何とも乱暴な息子Rォ。
背も伸び、微妙に男子便所のセンサー付近に頭がかかるので、
毎度中途半端にセンサーが反応し、これから 用を足すってところで
突然、
ジャバーーーーーーっと流れるのである
1人でオシッコする息子Rオは その度に おののいていたのであったが
今日のRォは少し勇ましい。
こんの~~ うりゃーーー っと
みたか~~ お~~~れ~~さまは~~ つえーーぜ!
雨の日曜日。
いったい君は誰と戦っているのだ?
と、センサーが勝手に働いたコトにどこで覚えたのか何とも乱暴な息子Rォ。
背も伸び、微妙に男子便所のセンサー付近に頭がかかるので、
毎度中途半端にセンサーが反応し、これから 用を足すってところで
突然、
ジャバーーーーーーっと流れるのである
1人でオシッコする息子Rオは その度に おののいていたのであったが
今日のRォは少し勇ましい。
こんの~~ うりゃーーー っと
みたか~~ お~~~れ~~さまは~~ つえーーぜ!
雨の日曜日。
いったい君は誰と戦っているのだ?
人類の瞳
せ~の で眼を閉じましょう。
もしも、世界中の全人類が、いっぺんに瞳を閉じたとしたなら、何が起きるのだろう?
現実問題、世界人類全員が眼を閉じるなんて事できっこない。
今年で世界の総人口60億人。
1960年に30億人を超えてから、わずか39年で2倍に。
2015年までは毎年1%以上増え続け、2013年には70
億人、2027年には80億人を超える見通しだそうだ。
この60億人全てに働きかけ、本当にもし、「眼を閉じる」そんな事が出来たとしたら、いったい何が起きるのだろう?
地球と言う存在が無くなってしまうのではないだろうか?
ipad、キンドルの黒船来航は 日本にどんな爪痕を残して行くのだろうか?
ツイッターの登場で、リアルタイムでの他人会話が可能になった。
企業の成長無くして経済の発展は無し。経済の発展が無ければ我々の豊かな生活も成立しない。
しかし、この携帯電話のシア争いの激化を脅威にさえ感じるのは私だけであろうか?
驚異的な速さで進化を遂げている、通信、IT業界。
一台十万円もしてメール機能もついてなく時限爆弾の発火装置のようにどでかい箱を持って、ルノアールで片足をその発火装置にかけながら、格好つけるヤクザをたまに見かけたのがたったの十年前。今では、メールはもちろん、インンターネットや乗換え案内、音楽のダウンロード、テレビ お財布にまでなっちゃう、何でも屋となりつつある多機能携帯。
防犯用にと子供に持たせ、固定電話の一家に一台からひとり一台の時代。
終いには、本や絵本迄読めるようになる この時代。
国民性の違いは有れど携帯の便利さは万国共通。
貧富の差もあるが60億の全人類が携帯を持つのも近い将来ありえなくもない。
仮に全人類が端末を持てるとしたら、やり方次第では一斉に何かを発信が可能となる。
誰かが「眼を閉じろ」と実験してみたらどんな事になるんだろうか?
通信技術の進歩はそんなありえない実験が可能となってしまう。
存在について考えてみる。
物質の存在。人類の存在。
眼を閉じる。
自分が消える。
しかし、誰かが私を見ている。
私は消えない。
誰かも一緒に眼を閉じる。
私と誰かは消える。
しかし、私と誰かを誰かが見ている。
私と誰かは消えない。
日本国民全員が眼を閉じる。
日本国民は消える。
しかし、世界は日本を見ている。
日本は消えない。
世界人類全員が眼を閉じる。
世界人類は消える。
しかし、誰も見てる人はいない
世界は地球生命体以外の創造物となり
世界は消える。
非論理的では有るが、
携帯やネットは我々の生活をめまぐるしく豊かにさせたのは間違いない。
しかし通信技術の進歩は、一方で人類に対し、距離感と時間感の希薄を促し、リアリティの欠如を増長させる。テレビゲームの日常化により犯罪の低年齢化に拍車がかかる。失敗してもリセットすればいい 現実もリセットできると思い込む子供や大人がどんどん増える。
つまり現実と非現実の混乱を招き、信じられない犯罪を増加させているのも事実だ。
だからと言う訳ではないがこの通信業界の快進撃とメディア支配に私は強い不安と脅威を感じる。
かけがいの無い人の「命」という存在が、この伝達手段の最先端技術により脅かされているように思うのは私だけであろうか?
孫正義氏の買収劇に思う
リアル書籍は電子書籍に勝つのだろうか?
次の書籍はどんな機能がつくのだろうか?
60億の命はいったいどこへ行くのだろうか?
60億人が一度に眼を閉じると 地球は消滅するだろうか?
そして僕はそんな地球に何ができるのだろう?
もしも、世界中の全人類が、いっぺんに瞳を閉じたとしたなら、何が起きるのだろう?
現実問題、世界人類全員が眼を閉じるなんて事できっこない。
今年で世界の総人口60億人。
1960年に30億人を超えてから、わずか39年で2倍に。
2015年までは毎年1%以上増え続け、2013年には70
億人、2027年には80億人を超える見通しだそうだ。
この60億人全てに働きかけ、本当にもし、「眼を閉じる」そんな事が出来たとしたら、いったい何が起きるのだろう?
地球と言う存在が無くなってしまうのではないだろうか?
ipad、キンドルの黒船来航は 日本にどんな爪痕を残して行くのだろうか?
ツイッターの登場で、リアルタイムでの他人会話が可能になった。
企業の成長無くして経済の発展は無し。経済の発展が無ければ我々の豊かな生活も成立しない。
しかし、この携帯電話のシア争いの激化を脅威にさえ感じるのは私だけであろうか?
驚異的な速さで進化を遂げている、通信、IT業界。
一台十万円もしてメール機能もついてなく時限爆弾の発火装置のようにどでかい箱を持って、ルノアールで片足をその発火装置にかけながら、格好つけるヤクザをたまに見かけたのがたったの十年前。今では、メールはもちろん、インンターネットや乗換え案内、音楽のダウンロード、テレビ お財布にまでなっちゃう、何でも屋となりつつある多機能携帯。
防犯用にと子供に持たせ、固定電話の一家に一台からひとり一台の時代。
終いには、本や絵本迄読めるようになる この時代。
国民性の違いは有れど携帯の便利さは万国共通。
貧富の差もあるが60億の全人類が携帯を持つのも近い将来ありえなくもない。
仮に全人類が端末を持てるとしたら、やり方次第では一斉に何かを発信が可能となる。
誰かが「眼を閉じろ」と実験してみたらどんな事になるんだろうか?
通信技術の進歩はそんなありえない実験が可能となってしまう。
存在について考えてみる。
物質の存在。人類の存在。
眼を閉じる。
自分が消える。
しかし、誰かが私を見ている。
私は消えない。
誰かも一緒に眼を閉じる。
私と誰かは消える。
しかし、私と誰かを誰かが見ている。
私と誰かは消えない。
日本国民全員が眼を閉じる。
日本国民は消える。
しかし、世界は日本を見ている。
日本は消えない。
世界人類全員が眼を閉じる。
世界人類は消える。
しかし、誰も見てる人はいない
世界は地球生命体以外の創造物となり
世界は消える。
非論理的では有るが、
携帯やネットは我々の生活をめまぐるしく豊かにさせたのは間違いない。
しかし通信技術の進歩は、一方で人類に対し、距離感と時間感の希薄を促し、リアリティの欠如を増長させる。テレビゲームの日常化により犯罪の低年齢化に拍車がかかる。失敗してもリセットすればいい 現実もリセットできると思い込む子供や大人がどんどん増える。
つまり現実と非現実の混乱を招き、信じられない犯罪を増加させているのも事実だ。
だからと言う訳ではないがこの通信業界の快進撃とメディア支配に私は強い不安と脅威を感じる。
かけがいの無い人の「命」という存在が、この伝達手段の最先端技術により脅かされているように思うのは私だけであろうか?
孫正義氏の買収劇に思う
リアル書籍は電子書籍に勝つのだろうか?
次の書籍はどんな機能がつくのだろうか?
60億の命はいったいどこへ行くのだろうか?
60億人が一度に眼を閉じると 地球は消滅するだろうか?
そして僕はそんな地球に何ができるのだろう?



