今となっては、走っている最中も、普段の生活においても、常に自らの体の声に耳を傾けています。体からの声に耳を傾ける、とは、体が発する様々な信号を無視することなく察知し、きちんと対処すること、です。これができるのとできないのでは、長い目で見ると、自身の身体に与える影響は計り知れません。

体が発する信号とは、例えば、腰や脚の違和感。違和感と言っても、なんかいつもより重ダルいな、とか、硬いな、とか、力が入りにくいな、とか、ある角度になると少し痛いな、とか、超軽くて猛ダッシュしたい気分だ、など、いろいろな症状があるし、感じ方も表現の仕方も千差万別です。

私が2009年はじめ頃に感じていたのは、(当時は完全に無視していましたが、)思い返せばこんな感じです。

・腰がダルい、腰に張りがある、特に走り始めに腰が痛い

・腰の下の臀部上部や脚の付け根に張りがある

・足腰以外はすこぶる快調

当時は、まだまだ足腰が弱いな、走って体が温まったら痛みが消えるし、大したことじゃないでしょ、と思っていたので、ランニングに対する取組みも日常生活も特に変えずに過ごしていました。今考えれば、足腰、特に骨盤周囲に相当な疲労が蓄積していて、特定の筋肉や関節が硬直して血流も悪く、すぐにでも対処しなければ長期戦線離脱間違いなしの状態だったのです。

この状態のときに、体の声をちゃんと聞いていれば、ありとあらゆる対処ができました。思いつくものを挙げてみます。

ランニングの強度をおとす(つまり、スピードを下げる)、

筋肉に血液を運びたいので、ランニングの時間はむしろ長めにとる、

しっかり左右前後のバランスや拮抗筋のことを考慮してストレッチをする、

長めの風呂に入って、凝り固まった筋肉をほぐす、

バランスの良い食事をとる、

しっかり睡眠をとる、

プロテインやアミノ酸などのサプリを摂取する、

腰にホッカイロをあてる、

接骨院に行く、

鍼灸に行く、

仕事中の姿勢を正しく保つ、

お酒を減らす、


など。

これらを一度に行う必要はありませんが、日々気をつけて過ごしていれば、この程度のことは自然と行えているものです。37歳だった2009年に、42歳となった2014年の今と同じくらいきちんと対処できていれば、2010年、2011年の2年間以上にわたる足踏みはなかったはずです。

人は誰でも、年齢を重ねるごとに、疲労が蓄積しやすくなり、体力も大幅には上昇しなくなるので、11日が大切になってきます。故障したり体調を崩したりして、練習できない日が続くと、一気に体力を失い、取り戻すのに失った時間の何倍も要するようになります。時間をかけてコツコツと積み上げてきた体力、脚力、走力を自分の怠慢や油断で一気に失ってしまうのは、本当に悔しいものです。

初のフルマラソンは、大した練習はしていなかった割には、好記録でした。


要因としては、①走行距離は145kmだけ、②練習強度もゆるかったが、③毎日走る習慣が身についていており、④無理しなかったがために故障がなく、⑤ランニング自体が楽しかった ことに尽きます。


ランニング初心者は、そもそも走っていなかったわけなので、失うものがなく、伸びシロも大きいので、ただ走るだけで、ある程度までは当然記録が伸びます。その「ある程度」には、個人差がありますが、自分の場合は、まさに初フルで記録した3時間台後半で、その後しばらく悩むことになりました。



以下にシーズンベストの変遷を記します。


2008年 3時間4746
2009年 3時間4413
2010年 記録なし
2011年 4時間2313
2012年 3時間4520
2013年 3時間1243
2014年 2時間5950


2007年の走り始めから、毎日の習慣で楽しく走っているうちに、それとなく脚もでき、自然と記録もついてきたのが2009年の初旬まで、です。その後は、2009年~2010年とほとんど走れていません。


原因は故障です。そして、故障によるランニングの「脱」習慣によるサボリです。悪循環でした。


そして、2011年にはワースト記録をマークし、その1年後の2012年に、ようやく4年前の2008年レベルに戻せたのです。その時は、間もなく40歳を迎えようかというときでしたし、年齢も年齢なので、自分はこれ以上は速く走れないのだろうとさえ思っていました。


2007→2008→2009年と、少しずつ記録が伸びてきたおかげで、もっと速く走りたいと思うのは、ごく自然なことです。その時に、きちんと体のケアをしたり、練習方法を調べたりすべきだったのですが、それを怠りました。


2009年はじめくらいから、骨盤周囲の痛みと腰痛が出始めましたが、突然の怪我でそうなったわけでなく、日々のランニングで疲労が蓄積して、最初は違和感を感じていたにすぎなかったのが、少しずつ痛みにかわり、その痛みが増大していったわけです。当時は、それを自分の体からの信号とは思わず、「自分はまだまだ弱い!」「走れば治る!」と何の根拠もない、ただの脳みそ筋肉思考で乗り切ろうとしていたのですから、自分がつぶれるのは時間の問題でした。


20093月にフルマラソンを走った直後から、腰痛がひどくなりました。腸脛靭帯炎にもなってしまいました。長い長いトンネルに突入してしまいました。

ランニングは、完全に習慣になると、生活の一部と化します。食事や歯みがきや入浴と同じ感覚です。

なので、毎日なんてすごい、エライなどと言われても、全然ピンと来ません。そして、走らないと確実に心身のペースが乱れます。


例えば、お腹がすかない、便通がイマイチになる、集中できない、昼間ボンヤリする、イライラする、寝つきが悪くなる、など。1日サボってもさほどの変化は感じませんが、3日間も走らないと、明らかにこのような不具合が生じます。そして、毎日コツコツ積み上げてきた脚力を簡単に1週間分くらい失ってしまいます。

2007年7月に走り始めて以降、ランニングを習慣にすることには偶然成功したので、知らず知らずのうちに脚力や走力が向上していました。


7月から12月までの月間走行距離の平均は110km、走るスピードも増していて、ペースにして、キロ6分だったのがキロ5分くらいに。ランニング素人でも、休まず、無理もせず、コツコツ続けていれば、誰でもこのレベルには割とすぐ行けます。


キロ6分ペースを維持すれば、いつまでも永遠に気持ち良く走り続けられるような感覚(ランナーズハイ)になることもあります。


3ヶ月目の9月には、フルマラソンのシミュレーションや、レースを想定した練習が必要だな、と思い始め、何か大会に出てみようか、という気になっていました。そして、東京マラソンにいっしょに参加する友人と相談して、10月に昭和記念公園で開催される『東京マスターズロード選手権大会』というハーフマラソンの大会に申しこみました。


毎日練習しているとはいえ、その走行距離は1日わずか4.8km。ハーフのレースでは、未知の距離に脚がボロボロになりましたが、なんとか1時間37分47でゴール。完走できて記録証をもらうと、さらに、モチベーションが向上、翌11月には、『府中多摩川マラソン』に参加していました。この時の記録は、1時間30分45。完全にビギナーズラックのレベルだったので、走れば走るほど記録が短縮できる、というお気楽な頃でした。


さて、その後は本番の東京マラソンを迎えるまで、相変わらずランニングは昼休みの4.8kmだけ、週末に走ることは皆無だったし、年末年始もはさんで体重も増加気味でした。気づけば、フルマラソンを完走するため、という当初の目的を忘れて、習慣として走っていただけでした。


今では、レース1ヶ月前から週末ごとに、30km走、20km走、10km走をやって、脚力の向上に努めつつ、体調をくずさないよう早寝早起きをしたり、加えて、脚に刺激を加えるため、週1回ポイント練習を入れたりしますが、当時はそんな知識もなければ、そもそもそこまでの肉体的ストレスに順応できていませんでした。


そして、


2月に迎えた人生初めてのフルマラソンは、3時間47分46。ペースはバラバラ、最後はほとんど歩きましたが、なんとかフィニッシャーになれたことをとにかく喜びました。

さて、一念発起したのが20077月。

42.195キロを走り切れるのか、途中リタイヤは恥ずかし過ぎる、今さら後には引けない、、、という焦りから、否、焦る気持ちを忘れたいがために、毎日、昼休みに職場の周りを走ることにしました。しばらく続けてみると、意外にも気分転換となり、仕事にもハリがでてきて、気持ちよくなっていったわけですが、体はそんなにすぐには順応してくれませんでした。


ランニングを始めた途端に無理がたたって、膝や腰を痛めて走れなくなる人が少なからずいます。私の場合は、幸いにして、走るための時間がそもそも昼休み限定だったので、無理するほどの時間が割けなかったため、大した故障もなく、その代わり大した練習量でもありませんでしたが、しっかり習慣は身につきました。長い目で見たら、動機はフルマラソンへの焦り解消というストレスフルなものでしたが、結果的に、ランニングに対してポジティブな気持ちになれて、大した故障もなく、走る習慣が身についたことは、ものすごい『財産』です。

さて、私のわずか1時間しかない昼休みはこんな感じです。


①事務所から更衣室に移動し、着替えて屋外に出るまでに約8分。

②12.4kmを約12分、調子よく2週走ると245分経過。

③更衣室に戻りシャワーを浴びて着替えるのに10分。

④おにぎり3個を腹に流し込むのに10分。

⑤事務所に戻るのに3分。

⑥自席でプロテイン飲んで、午後の業務開始です。

トライアスロンのトランジットに似た感じでしょうか(笑) 文字にすると非常に目まぐるしい感じがしますが、習慣、日課となれば、それほど大変なことではありません。

1時間あれば、これだけのことができるんですね。

いつかはフルマラソンに挑戦してみたい、、、と熱い思いがあったわけでもなく、長距離走が好きだったわけでもありませんでした。


きっかけは、第1回東京マラソン2007に出場した友人から、酒の席で「来年はいっしょに出ようぜ」との誘いを受け、何の躊躇もなく、お、いいね~、と申し込んでしまったことでした。当時35歳。申し込んだことすら忘れていたくらいの軽いノリでしたが、後日Eメールで当選通知が届いてからは、42km走るとはどういうことなのか、もし走りきれなかったら恥ずかし過ぎるではないか、今さら後には引けないし、、、と焦る気持ちが日に日に増大していきました。


その不安と焦りを解消したくて、2007年7月、まもなく36歳になろうかという頃、職場近くの2.4kmの周回コースを昼休みに走り始めました。その頃と言えば、東京マラソンが世間に与えた影響たるや恐るべし、空前のランニングブームに向け、ランナーたちが増殖し始めたころだったのではないでしょうか。


さて、走り始めたとは言っても、最初のころは数百メートルで呼吸があがってしまって、辛いだけで全然楽しくないし、下半身全体の筋肉痛で、とても毎日は走れません。(ここでやめてしまう人も多いでしょう。)


しかも、走れば走るほど、42kmという距離がとてつもない距離に思えてきて、これは、簡単な気持ちでは完走はままならない、と一念発起、20代のころからずっと続けてきた喫煙をすっぱりやめました。否、自分の意思でやめた、というより、走っていると胸が痒くて痛いし、呼吸は苦しいし、煙草の煙の臭いそのものを体が受け付けなくなり、全く吸いたくなくなったのでした。


こんなにいとも簡単に煙草をやめられただけでも、ランニング効果は絶大です。


今だから当時を振り返って確信すること。ランニングを始めたばかりの人にとって最も肝心なのは、走るぞという強い思いでなく、走る距離でもなく、ましてや、ウエアやシューズでもなく、とにかく1日数百メートルでも1キロでもいいから、走るタイミングや時間を決めて、頻繁に(できれば毎日)シューズをはき替えて外に出るという「習慣」を身につけることです。


習慣化するまでは大変と思うかもしれませんが、タイミングを決めてしまえばそれほど難しいことではありません。


自分の場合は、12:00の昼休みになったら、席を立って、着替えて、走って、おにぎりを食べる、ということを、とにかく続けました。


42kmというプレッシャーがあったからこそでしたが、それだけでもありません。こういうメリハリの利いた昼休みを過ごすことで、午後の仕事に新鮮な気持ちで臨めることが気持ちよくなった、というのが大きな要因でした。


そして、一度習慣化してしまえば、面倒くさいとか、明日2日分走ろうなどという言い訳を考える必要もなくなります。


ランニングが習慣化した頃には、気持ちも前向きになっているので、さて、距離をのばしてみようか、少しペースを上げてみようか、いきなりフルマラソンではなく、10kmやハーフにトライしてみるか、という思いも芽生えてくるのです。