走るということ | 他力本願寺

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ちょっと昨日メールのやりとりをしていて、「速攻にいかに絡むか」という話が出てきたので

ちょっと書いて見たいと思います


まぁ実は既に答えは出てたりしますw


ちょっと貰ったメールの内容を無許可で転載しますけども

経験上速攻に関しては、優れた瞬発力よりもいかに参加するかだけじゃないか思います

練習中に速攻に参加する回数を増やし精神的に走る意識を取り戻すしかないと思ってます


ね、答えでてる

これを書いてきた時点でもう走れると思うんだよね

「走る意識を取り戻した」から練習で走ってんでしょ?

だったら試合でももう走れる、精神的な問題だよ


それでも「俺は走れないよ」という人は多いと思います

その場合、走れる、走れないってどういうことかを考えたほうがいい


例えば、練習ゲームで

「次のゲーム、速攻で2本走ってくれ」

と言ったらどうですか?多分走れますよね?


おそらく「走れない」の正確な意味は

「1試合走り続けることができない」

ということだと思う


厳しい試合になった場合なんかは人によってはあるのかもしれないが

シニアで1試合丸々出続けるってあんまりないはず

この思考ってのは俺が自分のプレイに対して言っている

理想と現実のギャップってのと大差ないと思うんだがな


逆に1試合走り続けることができる奴がいたとして

走ろうと思ってなかったらどうなるか

それを考えれば意識だけの問題だとわかるはず


では、1試合走り続けることができるようになるにはどうすればいいか?

ここで初めてトレーニングが出てくるわけ


なんとなくニュアンスが伝わればこれ幸い