4人は場所を変える事にして茶店を出て湯島天神へ向かって歩いていた。
野村休成の命を狙っている者は、結構いるらしく、野村休成の縄張りのような場所の1つである湯島天神へと、広小路を抜け境内へ入り、緑台に座ると、
野村休成は、「こうして立派な、お侍が2人、私の話しを買いに来たんだ、2人を信じますぜ」と、
少し笑みを浮かべながら言ったので、西郷隆盛は、
「では、買いもそう、阿部様を老中首座から落とそうとしているもんは誰でごわすか?」、
野村休成は、「それはの」と、言って、しばらく焦らすような感じで、
少し微笑みながら、「この私だよ、この野村休成ですよ」と、答えた。
それを聞いた、西郷隆盛も有村俊斎も、まさか、お数奇屋坊主がと信じられ無い感じになったが、野村休成はぬけぬけと自分が張本人だと答えた。
野村休成は、西郷隆盛も有村俊斎も信じられないような顔でいるのを見て、
「お二人とも、私が仕掛けたことが信じられないようですね、私が最初に、仕掛けたのは、
嘉永六年(1853年)の6月27日でさあ」、
「何と、嘉永六年にごわすか」、
「ふっ、そう嘉永六年、ペルリが来て、先代の将軍、家慶様が亡くなってから5日後でさあ、わしはね、その日、小納戸頭の朝比奈甲斐守に、たきつけやした、阿の字(阿部正弘)様を、このまま老中首座にしておくと、次の将軍の跡取りは、一橋慶喜様に決まっていくぞってね、そうなれば、大奥の中には、水戸の御老公が嫌いな女達が多いから大騒動になるぞってね」、
「う~ん、そんで、どげん反応でごわしたか?」、
「あるに決まってまさあ、あるように火を付けたんだから、まず第1番目に、溜の間詰め筆頭の井伊掃部頭(井伊直弼)様が出てきなすった」、
「なんと、彦根の井伊どのでごわすか?」、
「はいな、早速、井伊様は、それを手紙にして、老中の松平乗全(のりやす)様と松平忠固(ただかた)様に知らせたみたいでな、これで阿の字様の足元が危なくなったて訳さ」、
これを聞いた西郷隆盛と有村俊斎は啞然としていると、野村休成は、指で丸を作って、
「こっから後の話は、金を貰わないとね」と、薄ら笑みを浮かべて金を要求してきた。
西郷隆盛も有村俊斎も怒る気にもなれず、たった1人の茶坊主が、朝比奈甲斐守に言った言葉で、まさか天下を動かしてしまう事になるかもしれないとはと、思ってしまった。
野村休成は、話し出し、ある程度まで話すと、
「まあとにかく、これで溜の間詰めの大名様達の意思が固まった、だから、一橋慶喜様のお命は狙われて危なくなったて訳さ、おっと今日は、ここまで、続きは、また今度、今の話の分の金をくれねえかいね」、
西郷隆盛は、五両を包んで渡すと、さっと懐に入れて、
「続きを聞きたきゃ、また、あっしを呼んで話しを買ってくんろ」、そう言って立ち去っていった。
それから何回も、西郷隆盛らに会って話しをしては、金をセビったみたいです、
野村休成の話していた内容は、
野村休成が大奥内の感情を書いて、朝比奈甲斐守に渡すと、朝比奈甲斐守は、すぐに松平忠固と松平乗全に見せに行った。
松平忠固は、もの凄く水戸が嫌いで、また、大老格の酒井家に生まれたせいか、1度、政権を掌中に収めてみたいと思っていたので、水戸の御老公を事々に立てていこうとする、阿部正弘が目障りで仕方なかった。

つづく。