阿部正弘は何事につけ、水戸斉昭を引き立てようとするので、水戸嫌いな松平忠固にとっては、阿部正弘は目障りな存在だった。
だから松平忠固は、阿部正弘を失脚させ、井伊直弼を老中に入れようと考えだした。

野村休成は、島津斉彬、松平慶永(春嶽)が、水戸斉昭に心酔していることを、よく知っていて、島津斉彬、松平慶永、水戸斉昭の3人は、大廊下詰めで、この3人が結束すれば老中達も歯が立たない、それで、阿部正弘は水戸斉昭を利用しようとしていて、
そのことは、野村休成にも、はっきりと解っている、そこで野村休成は、溜の間詰めの諸大名に、「水戸は、宗家を乗っ取ろうとしているみたいですよ」と、
悪質な、ありもしない水戸の野心をデッチ上げた。
野村休成は、溜の間の大名達に、こう聞かせれば黙ってはいないだろう、特に井伊直弼なんかは、真っ先に出て来るのではないかと思っていたら、事実、井伊直弼が出て来た。
溜の間には、内閣の後継要員達が、たむろしていて、大老格では、井伊と酒井の両家があり、
全老中だった、堀田正睦(まさよし)のような者も居たり、未来の老中を目指す者達も詰めています、
しかし、この大名達は、水戸斉昭が主張する、尊王攘夷の真意が、国民精神の振起にあるとは理解していない、
もし理解していたら、大廊下詰めと溜の間詰めは、協力して、外国からの国難と将軍継嗣問題を、一緒に考えなければいけないはずですが、考えは、バラバラで、国難の危機感も違い、どの藩の大名も、我が家が大切だと言う気持ちであって、
本当に真剣に日本国の危機を、一大事と捉えていたのは、水戸の水戸斉昭、薩摩の島津斉彬、越前の松平慶永(春嶽)だけでした。

野村休成は、阿部正弘の事を、『出世の事ばかりを考えて勉強し出世し、老中首座になっただけで、日本の運命の事など考えていない、
何故、前将軍家慶に向かって、あんな無能力者の家定の将軍継嗣を無しにしなかったのか?、この時期に家定なんかが将軍なら、この国は潰れてしまう、そんなら、おいらは内側から潰してやって、いろんなところへ情報を売って金儲けをしてやるぜ』、
そう考え、火付け役を買って発した言葉が原因になって幕府の中は燃えるは燃えるは状態に、
まず、紀州家の付家老、水野土佐守忠央(ただなか)は、大奥にいる妹の江月院(雪江の方)に、一橋慶喜(徳川慶喜)の将軍継嗣の反対運動を広めさせ、長野主膳義言(よしとき)に彦根藩の井伊直弼にも反対運動に参加するようにと長野主膳義言に言ってさせている、この長野主膳義言も紀州藩、水野一族の者で国学者。
その様子を見て、野村休成は、『妹まで動かし、一族の者を井伊直弼にもまで近づけた、紀州の執念はすごいね、こうなりゃ、もっと面白くするため、水戸の御老公も動かすか』、
そう思って方法を、いろいろ考えている時に、西郷隆盛らが尋ねて来たので、『これは良い時に来た』と思い、西郷隆盛から島津斉彬、島津斉彬から水戸斉昭へ情報が伝わるように仕向け、
西郷隆盛らと会うたびに、情報料として、しっかりと金をせびっていた。

つづく。