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気になるニュース

せっかく姫路に来たので、現在修理中の姫路城を外からチラ見でもしようかと思っていましたが、書写山のロープウェイ乗り場で思わぬ情報を得て、チラ見ではなくがっつり見てこようと姫路城へと急ぎました。

近世以前に建てられた現存天守の中で、もっとも大きなお城である姫路城。平成の大修理の最中とあってあと3年は外から大天守を見ることができないのですが、修理中にしか見られない光景というのもあると思います。これは薬師寺東塔も同じことが言えると思います。


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姫路城の周囲を取り囲むように公園があり、その一角の駐車場に車を止めて、姫路城を目指します。
小高い丘の上に、修理中の天守を囲う四角い建物が見えています。


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さすがに大規模な大天守だけに、囲いのおおきさもかなりのものです。よく見ると周りの小天守や櫓なども、結構大きな建物なのがわかります。


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駐車場から一番近い場所にあった、かなり幅広のお堀です。10mくらいは有るでしょうか。鯉が悠々と泳いでいました。こうしてみると、お堀や石垣の規模もでかいですね。


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外堀の内側には、高さ3mほどの土塁が巡らせてありました。二重三重の防備を敷いていて、姫路城が非常に重要なお城であったことが忍ばれます。


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更に天守へ向かって歩いて行くと、お城の近くにそれほど大きくない神社が建っていました。
そのなもズバリ、姫路神社だそうです。
創建は明治以降で、最後の藩主酒井氏の祖神を代々祀っているそうです。(神社案内板)
こういう神社が建っているということは、非常に慕われていた良いお殿様だったということなのかもしれませんね。


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姫路神社の手水舎の向こうには、大天守の囲いが見えています。姫路城のすぐ下に、この姫路神社があるのがわかるでしょうか。


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歴史的建造物を修理するための、近代的な足場が組まれていました。まるで大きな港湾施設に来たかのような錯覚がありましたが、中はもっと驚くことになっていました。


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さて、ここからが姫路城の城内に入っていくゲートです。
入場料は大人400円ですが、これとは別に、大天守修理見学施設「天空の白鷺」への入場料200円を支払えば、姫路城のすぐそばまで行くことができます。
この日は予約がなくても入場出来ました。ちなみに繁忙期には混雑することが予想されるため、事前予約をしたほうがいい場合もあるかもしれませんのであしからず。

ということで、姫路城内の様子は次の記事で。

さて、圓教寺の西谷のさらに奥、開山堂などがある奥院へと進みました。



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向かって右側にある神社建築の社は、護法堂と呼ばれる春日造りの小さな神殿です。向かって右から乙天社・若天社となっていて、若天社の檜皮葺の屋根は修理中らしく、白いビニールシートが掛けられていました。



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奥院で最も立派なお堂が、この開山堂です。圓教寺を開いた性空上人その人の像を本尊とする、まさに開山の人のお堂です。どうやら屋根の軒下に、左甚五郎作という木像があったらしいのですが、気づかず見落としてしましました。
性空上人は36歳と遅くに出家したといわれる、京都で生まれた僧侶でした。当初は比叡山の良源上人に師事したということで、その時は延暦寺にいたのでしょうか。
その後九州を修行して回って、ここ播磨の地に圓教寺を開いたと言われています。一節には100歳近くまで生きていたと言われています。


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さすがに奥の院あたりは、静かな森の中にあって、このような林の中に参道がつながっています。雨はすっかり止んでいて、傘は全然必要なくなりました。


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ただ、見晴らしのいい場所へ出ると、周りは雲に覆われていて、まさに霊山という感じもしてきます。もちろん晴れていればいたで、山間の美しい風景を見せてくれると思います。


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奥院から戻る途中に、ぽつんとお堂が建っていました。金剛堂というお堂で、もともとは塔頭の中のお堂だったものだそうです。


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お、休憩所か四阿かなと思ったら大間違い。なんとこの寺内でもっとも古い建築物(鎌倉時代)といわれる、薬師堂でした。中には入れそうな雰囲気だったのですが、入り口はありませんでした。
薬師堂というからには、以前は薬師如来の像などがあったのかなとも思いますが、今は仏像が安置されているとかどうかはわかりませんでした。


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こちらも鎌倉時代の建築と言われる鐘楼です。下の台の部分の木の造りなどから、法隆寺東院の鐘楼を思い出しました。形はちょっと違いますかね。



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さて、最後のお堂がこの法華堂です。圓教寺は天台宗なので経典は法華経が主のはずですから、この法華堂は大切なお堂のはずだと思います。そういうわけかどうかわかりませんが、階段の一段目より上は土足禁止と買いてありました。


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ひと通り参拝を終わって、三門まで戻って来ました。この頃にはすっかり霧もなくなって、すっきりと晴れた三門の様子をみることが出来ました。同じ場所とは思えません。


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ロープウェイ乗り場までの道からの見晴らしも、ごらんのとおりすっきりと晴れ間が出始めました。視界が狭かったのが嘘のように、遠く姫路市の町並みまで見えています。



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山間の田んぼまで見えてきました。霧がないと、300m級の小さな山ですがすごく高く感じます。


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ということで、ロープウェイで下山です。

ロープウェイ乗り場で係の人から声を掛けられました。これからどちらまで?とのことでしたので、せっかくなので外から姫路城を眺めてみたいと答えた所、姫路城大天守修理見学施設「天空の白鷺」へ是非行ってみてはと勧められました。

あれ、その施設は要予約じゃないんですか?と聞いた所、どうやら予約無しで問題ないとのこと。
おお、ロープウェイ乗り場に来てみて、これはいいことを聞きました。HPにはたしかに予約しないと入れないとは書いていませんでしたが、予約なしでも入場できるとも書いていなかったので、危うく外から眺めて帰ってしまうところでした。アブナイアブナイ。

ということで、圓教寺はこれで終わりですが、次の記事は待望の姫路城見学の様子です。

さて、ラストサムライロケ地との情報があった、大講堂前の広場の続きからです。

いい忘れていましたが、三門がある周辺を東谷、摩尼殿周辺を中谷、大講堂がある周辺を西谷と分けられているそうで、西谷周辺が最も奥にあり一番広いエリアのようです。
それぞれのエリアを結ぶ距離は、延暦寺などと比べるとぐっと狭く、広いとは言えゆっくり歩いて回っても半日ほどで見てまわる事ができると思います。


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ちょっと豪華な作りの大きな建物が、広場右手にある大講堂です。写真の通り下の層の扉は開け放たれていて、内部の釈迦如来像を直接参拝することができます。


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正面の横長のお堂が、食堂です。
この食堂の大きな特徴としては、飾りではない2階部分が存在し、1階は写経と展示、2階は寺宝の博物館のようになっていて、実際に中に入ることができます。
寺院のお堂の内部には、入ることができないお寺が多いので、このように内部が公開されている(しかも2階部分まで)のはちょっとうれしいですね。
ラストサムライのロケの中で、この食堂の内部での撮影が行われたようです。(さっきわかりました)

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そして左側にあるのが、常行堂もしくは常行三味堂とよばれる、中央部分に舞台を擁したお堂です。
本尊は阿弥陀如来像です。
中央の舞台では、奉納のための能を行う場所だそうです。


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食堂と常行堂が接する部分は、屋根がくっついているように見えます。おそらくここを訪れた人は、一番気になるところではないでしょうか。


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さらに寄って写真を撮ってみましたが、完全に屋根がくっついて、一体になっているように見えます。
お寺の方に聞いてみたところ、大講堂と常行堂が先に建てられて、その後食堂を建てる際に、限界まで大きなお堂(食堂の裏は山になっていて、これ以上後ろに下がれない)を建てるために、常行堂のギリギリのところまでにしたためではないかと言われているそうです。


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ちなみに、大講堂と食堂の間には、隙間がありました。
お寺の方曰く、この手の質問はいつものことだそうで、ちゃんと答えが用意されているようでした。
みなさん見るところは一緒みたいですね。


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食堂の内部にある2階から、大講堂方面を眺めてみました。嬉しくて食堂の中には随分長くいたような気がします。
写真右手奥の部分は、姫路城城主であった本多家の墓所です。徳川四天王の一人で、日本最強の侍とも言われる(僕はそうかなと思っているのですが)本多忠勝のお墓もありました。


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常行堂の舞台部分です。
なんとなくですが、この舞台上でラストサムライのシーンがあったようななかったような。


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さらに奥へと進むと、圓教寺の奥院へと到達します。
正面の奥にあるのが開山堂で、少し見にくいですがその右手前の2つの社が、護法堂です。

ということで、次で圓教寺は終わりの予定です。