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気になるニュース

久しくニュースの記事から遠ざかっていました。その間ぽつぽつと気になるニュースがありましたが、どうしても新しい記事に目がいってしまいます。


福島第1原発:避難準備区域を解除…除染など課題

以下記事引用
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政府の原子力災害対策本部(本部長・野田佳彦首相)は30日、東京電力福島第1原発事故を受けて指定していた「緊急時避難準備区域」を原発の状況が 改善したとして一括解除した。解除は4月22日の指定以来約5カ月ぶり。住民避難に関する区域が縮小されるのは3月11日の事故発生以来初めてとなる。解 除を受けて区域内の5市町村は、それぞれの復旧計画に基づき、放射性物質の除染や震災で破損したインフラの整備を進めるが、対象区域から避難した約2万 6000人の住民の帰還にはなお時間がかかるとみられ、除染の加速化や住民への損害賠償の継続が課題となりそうだ。

 ◇福島5市町村、5カ月ぶり

 対策本部で首相は「除染をはじめ学校や幼稚園、病院・診療所の再開などさまざまな課題がある」と述べ、細野豪志原発事故担当相らに対し、住民の帰 宅に向けた一層の努力を指示。「3次補正(予算案)、12年度予算でも切れ目なく取り組み、国が最後の最後まで責任を持って対応する」と強調した。

 原発事故収束に向けた工程表の「ステップ1」が7月に終了したのを受け、政府は8月、5市町村が住民の帰宅に向け策定する復旧計画が出そろった段階で同区域を一括解除する考えを示していた。

 各自治体が策定した復旧計画では、川内村が12年3月末、広野町は12年中の住民の帰宅完了を目指すとした。ただ、具体的な帰宅時期を示していな い自治体もあり、除染やインフラ復旧にも差がある。枝野幸男経済産業相は会見で「被災自治体や住民の状況を十分踏まえ、各市町村の復旧計画の実現に最大限 対応し、住民の帰還をきめ細かく支援する」と述べた。

 内閣府原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は30日の記者会見で「原子炉の安定、除染、インフラのめどが付き、解除の条件が満たされ た」と述べ、政府の解除方針を了承したことを明らかにした。班目氏は住民の帰還に向け「除染が最大の課題」と指摘。(1)解除後も放射線量のモニタリング と除染を適切に実施(2)除染効果について十分に情報を共有(3)住民の被ばく低減と安全確保--などを政府に求めた。【笈田直樹、比嘉洋】

 ◇緊急時避難準備区域◇

 福島第1原発事故当初に、屋内退避地域に指定されていた半径20~30キロ圏内のうち、年間累積放射線量が20ミリシーベルトに達しないと想定さ れる地域として、4月22日に指定された。福島県広野町など5市町村、約6万人が対象。居住はできるが、水素爆発などの緊急時に備えて避難の準備が必要。 子供や入院患者、妊婦など自力での避難が難しい人は区域内に入らないよう求められ、幼稚園や小中高校は休園・休校となった。

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放射能の除染方法については、今までも農地、街区、民家やビルなどの具体的方法について書かれていました。その際に発生する廃棄物も、その場所によって様々で、それらをどう処分するのかが新たに問題になっていました。


こうなってくると気になるのが、国土の6割以上を占める森林部分の除染です。


■ 福島県内の森林除染方法、農水省が発表





以下記事引用
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福島第一原発の事故で森林に残された放射性物質から住民の被ばくを防ぐため、農林水産省は森林の除染方法を発表しました。

 福島県内には森林からも強い放射性物質が出ている地域があることから、農水省ではこれまで、近隣住民の被ばくを防ぐための除染方法が研究されてきました。

 その結果、住宅街の近くにある森林の入り口から20メートルの範囲で落ち葉を取り除くことや、住居に接している樹木の枝を取り除くことで、放射線量を2割から最大で5割引き下げる効果が期待できることが分かりました。

 農林水産省は引き続き除染方法の研究を続けることにしていますが、放射性物質が付着した落ち葉の置き場の確保など課題が残されています。
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なんともまあ、地味な除染方法ですが、落ち葉を取り除き集めた落ち葉を処分するのは良いとして、今生えている枝葉についてはどうなんでしょう。まさかそれも取り除くなんてことになってしまうんでしょうか。
かといって、膨大にある森林の枝葉を洗浄して回ることなんて無理だし、新しい落ち葉から放射線が出ているなんてこともあるのでしょうか。
それとも落ち葉以外の生きた枝葉については、全く心配がないのでしょうか。ちょっと読み取れないですね。
考えているうちに、きりがなくなってきます。

ともあれ、除染作業は地道な作業がつきもの。ひたすら少しずつ作業をする他無いのかもしれません。
飛鳥川もかなり上流まで来ました。帰りの時間も考えつつ、川を眺めつつ歩いて登っていきました。



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少し涼しい地区に来たせいか、彼岸花もつぼみが目立ちます。あんなに複雑な形の花ですが、つぼみはわりとシンプルに見えます。



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飛鳥川もこのあたりは斜度がきつく、水量も多かったこともあってゴーと音を立てて流れていきます。周りが静かなだけに、川音がかなり強調されています。


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いかにも涼し気な風景に変わって来ました。とはいえ急ぎ足で歩いているため、とても暑く感じます。
大きなカエデもたくさんあるので、紅葉の時期も綺麗なんでしょう。


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飛鳥川も上流になると、水も綺麗で冷たそうです。はたしてどんな生き物が住んでいるんでしょうか。



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ようやく折り返しの神社へ到着しました。タイトルにも書きましたが、
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飛鳥川上坐宇須多岐比賣命神社(あすかのかわかみにますうすたきひめのみことじんじゃ)です。日本一長いという説もあるみたいですが、もちろん調べたことが無いです。
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名前と同様、長い階段を登って行きます。158段あるそうです。手すりは無いので、帰りは気をつけて歩く必要がありそうです。


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さらに同じくらいの長さのスロープを登ります。


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到着しました。思ったよりも大きく立派な社殿がありました。
神社の名前に「ひめ」とあるとおり、祀っているのは女性の神様です。いわゆる宇佐神宮の比売神や宗像三女神と同神ではないかといわれれいるそうです。ちなみにご神体は後方に広がる山で、手前の社殿は拝殿ということみたいですね。


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社殿の裏側には、山を支えるように石垣と柵がありました。雨樋の受けがなにやら面白い形をしています。



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これは、先ほどの雨樋とは別の、表側にあった雨樋の受けです。なにやら鉄釜のような形をしていますね。なにか謂れでもあるのでしょうか。今度調べてみたいと思います。


というわけで、残り時間が30分ほどになっていましたので、急いで戻りました。下りなので早かったのですが、時間ギリギリでした。ちょっと周り過ぎましたかね。

また、稲刈り後に稲渕にはよりたいと思います、では。



飛鳥川の飛び石を過ぎて、さらに時間がありそうでしたので、奥飛鳥と呼ばれる地域を飛鳥川に沿って歩きました。


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川の向こう岸にある通りを見ると、観光バスやら自家用車が列を作っています。普段はとても静かな地域ですが、とたんに騒がしくなります。集落の人たちの農作業は、ここ数日は仕事にならないらしくお休みですね。


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車通りの少ない小さな道を歩きました。立派な石垣などがあり、このあたりは意外にも立派な家やお寺があって、なかなか豊かそうに見えます。


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南淵請安の墓を示す道標が見えてきました。この坂道を上りきった場所のようです。


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高台を登って行ったところから集落を見下ろしたところです。こうして見ると、立派な住宅なだけでなく、この辺りは大きな集落なんですね。とても過疎化が進んでいる村とは思えません。


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お墓とはいえ、とてもしっかりした鳥居までありました。南淵請安は飛鳥時代の学者であったので、神格化されているんでしょうね。
南淵請安は、小野妹子とともに遣隋使として随に派遣され、留学後日本に戻って来た学問僧です。
中大兄皇子と中臣鎌足は、南淵請安の進んだ随の学問を共に学んだとされているため、乙巳の変(蘇我入鹿を殺害した政変)の影の立役者ではないかとも言われています。


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鳥居の向こうには、お墓というよりも神社のお社のような建物が、階段の向こうに見えています。


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飛鳥川のほとりは大勢の人がいたのですが、さすがにこの辺りにはあまり人気がありません。とてもひっそりと南淵請安は眠っていました。晩年はこのあたりで過ごしていたと言われています。乙巳の変当時は既に亡くなっていたと言われています。


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少し離れた場所から、南淵請安の墓を眺めてみました。飛鳥の稲渕を見下ろすような場所で、南淵請安は何を思うのでしょうか。


さらに飛鳥川上流を目指して、まだ続きます。