さて、この写真の樹種がわからなかったのですが、どなたかお判りになる方がいらっしゃいますでしょうか。現場を見た記憶だけだと、カイヅカイブキのような気がしているのですが。まったく自信がありません。
ということで本題ですが、西塔から横川まで、約4kmほどの道を歩いて行くことにしました。もうさんざん歩いたところでしたので、ゆっくりと散策したいところですが、あまりにも欲張りすぎて時間がかかりすぎたため、とにかく寄り道をしないように、ひたすら前に進むことを考えて歩きました。
西塔の釈迦堂脇にある、横川への峰道入り口を経て、居士林事務所と研修道場を見ながら、峰道へと向かいます。
峰道には2カ所、ドライブウェイの下をくぐる、とても小さなトンネルを抜けます。高さは大人の背丈よりちょっと高いくらい。もちろん明かりはありません。なんだかんだ言って、写真は撮っています。
ドライブウェイ側をふっと見やると、あたりは紅葉の真っ盛り。後でバスに乗って眺められるかなあ。
峰道の中間地点にある、玉体杉です。かつてここを通る回峰行者は、この玉体杉に天皇の安泰を祈願したことから、玉体杉と名付けられたそうです(案内表示板より)
それにしてもまだ半分か、よーし急ぐぞ。
二つ目のトンネルです。こっちの写真のほうなら、ドライブウェイの下を通っているのがよくわかります。
あまり見られなかったお地蔵様が、ここではたくさんいらっしゃいました。表示板にもある通り、この峰道も東海自然歩道の一部です。
ようやく横川に到着しました。まだバス停には人がいます。これからバスに乗るのでしょうか。
念のため、帰りの時刻を見て行くことにします。現在時刻16時20分。
ところが、、、。
バスは既に10分前に最終便が出た後でした。
後でわかったことなのですが、僕は大きな間違いを二つも侵してしまっていました。
まず事前に確認した拝観時刻ですが、17時までではなく16時30分まででした。
これは(受付は30分前)と書いてあったのを、16時30分が受付終了時間で、その30分後に拝観終了するものと勘違いしていました。完全なる確認ミスです。
でもう一つ、16時30分の拝観時間は東塔境内のみで、横川と西塔は16時だったのです。
つまり横川に関しては、拝観終了後の16時10分頃に、最終バスが出ることになっていたのです。
この時点で僕は、ああやっちゃったなくらいにしか思っていませんでした。ちょっと出費がかさみますが、タクシーでも呼ぼうと思っていました。もうあの道のりを歩く気力が残っていません。この時点で、20km以上歩いた山の辺の道や金剛山~大和葛城山縦走よりもハードな山歩きになっていました。
もう閉まっているであろう横川のお堂を、のんきに見に行きました。拝観時間は過ぎていても、外からお堂を見ることは出来るようになっていました。うーん太っ腹。
横川へ向かう道も、紅葉が彩る明るい道でした。
横川に関しては、この横川中堂だけを拝んで、今日は退散しましょう。イヤー疲れた。
横川中堂は櫓の上に立つ、ことのほか大きなお堂でした。横川境内は、最澄が亡くなった後に、最澄の弟子の一人である円仁が開いたとされています。円仁は平安仏教の貢献者の一人で、東北にも足跡を残しています。
さて、さきほどの横川の駐車場へ戻ると、すっかりひと気がなくなって、僕一人でした。タクシー会社の電話番号が書いてあるチラシを取り出し、電話をかけてみます。
あれ、繋がらない。混んでいるのかなと思いきや、どうやら通話状態が悪いようです。西塔まではちゃんと電波が入っていることは確認していましたが、横川はあまり電波が来ていないようです。
あれ、どうしよう。バスが無いということは、今からケーブルカーやロープウエイ乗り場に行ったところで、時刻が過ぎていることは容易に想像できます。
え、もしかして、今の道のりもう一度戻るの?
えーーー!
一気に気力が失せました。
もうすっかり辺りは夕暮れ。慌てて鞄の中のヘッドライトを取り出し、点灯するかどうか確認。大丈夫、ちゃんと点灯します。
あらためて地図を確認。横川から直接坂本まで降りるという方法も模索しましたが、ただでさえ方向音痴の僕が行くには、薄暗い山道はリスクが大きすぎます。
あきらめて、さきほどの峰道を戻ることにしました。
続きます。





















