その中でも今回は、吉田神社・金戒光明寺・慈照寺を必ずまわりつつ、その周辺にある寺院などを見て回ることにしました。
出町柳駅から下車し、ここからは慈照寺まで徒歩で移動します。写真の場所は京都大学が近くにある交差点付近で、イチョウの並木が黄葉している様子が見られました。
吉田山に向かう途中、お寺がありましたので寄り道しました。大きなお堂がありますが、僕とお寺の方以外だれもいません。街中にあるんですけど、確かに観光客が来るような場所では無いですね。
知恩寺という名前は知恩院を思い起こさせますが、どちらも法然とのゆかりがあるお寺という点で共通しています。
こちら知恩寺は比叡山の僧侶円仁が開祖と言われていますが、現在は天台宗ではなく浄土宗のお寺ということのようです。
瓦葺のお堂でしたので、いつものように鬼瓦を撮影。ここの鬼瓦の形を調べてみると、「経の巻一文字」という形式に似ているように思えました。
鐘楼の鬼瓦。こちらは通常の鬼面型ですね。顎に力が入っています。
京都大学の隣に、吉田山はありました。吉田山全体は公園になっていましたが、この向こう側に降りた先に吉田神社があります。
吉田と神社。そうなると吉田家との関連があるのかなと思って、事前に調べて見ましたらやはりそうでした。
吉田家は卜部氏や中臣氏との関連もある、代々神官を努めてきた家系です。
あっという間に山頂です。標高は約120mですが、一等三角点などは見つかりませんでした。
大原でおまんじゅうを食べただけでしたので、ここでお昼ごはん。やっぱりおにぎり。
こんな感じの山道を通りました。山頂広場も含めて人っ子一人いません。
その向かいあたりに、三等三角点はありました。
摂社の神楽岡社です。主祭神は大雷神。
は、壱岐卜部氏の祖神は雷大臣だったはず。
大雷神と雷大臣は関連性があるのかどうか。なるほどねえ、興味深いです。
吉田神社の本宮です。主祭神は建御雷神。ここにも雷の文字がありますね。
ちなみに建御雷神は、鹿島神宮の主祭神。鹿島神宮は中臣氏ですね。
ここにも卜部氏の痕跡があります。
つまりはこの吉田山を中心に、中臣氏(藤原氏)の拠点の一部があったということでしょうか。どうなんでしたっけ。
吉田神社の末社、大元宮です。ここには八百万の神をすべて集めたという、吉田神道の根源のようなお社です。ここでお参りすれば、すべての神様に参拝したことになりますよということでしょうか。
ちなみに写真に写っているのは拝所で、その奥に特徴的な形をしたお社がありました。
吉田神社のような場所は、実際に現場を見てみないとわからないことが多いので、来てみてよかったです。また何度も来てみたい場所ですね。
とここまで書いてみて、色づいた樹木の写真は、一番最初の銀杏しかないことに気が付きました。
ということで、吉田神社の紅葉です。
あんまりなかったです。カラーコーンが入っちゃいました。
ということで続きは、真如堂です。では。











