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気になるニュース

昨日は良く眠れました。
10連勤が祟ったのか、帰宅して疲れがどっと出た感じで、へばっておりました。
木曜日もお休みでしたが、これは出かけるのは止めとこうと思い、早めに就寝させてもらいました。

8時間近く就寝したせいか、朝になってすっかり元気になり、少しゆっくりしてから急遽もう一度京都へ行ってきました。やはりこの時期に家にじっとしているのが、どうしてももったいない気がしまして。


ということで、取り急ぎ二日目分を簡単に紹介させてもらいます。京都に出かける予定の参考にでもなればと。
昨日の詳細はこの記事のあとに書かせていただければと思います。
二日分の記事を書くとなると、まただらだらと書いてしまいそうですが、こういう記事は書いていて楽しいので、駄文をご容赦いただければと思っております。




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保津峡トロッコ列車


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長岡天満宮




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長岡光明寺


最後の長岡光明寺は、京都の紅葉を紹介する記事などにも「京都一」と言われていたり、いなかったり。
良く引き合いに出される東福寺を去年見てびっくりしましたが、ぼくは長岡光明寺のほうに心奪われてしまいました。まあさっき見たばっかりだからというのもありますが。

昨日今日と見て来た、京都の紅葉の場所を見る限り、まだ落葉もそれほど始まっていないので、今週末までは行けるんではないかと思いました。急に気候が変わったり、強風に煽られたりした場合はその限りではありませんが。
今日も12月とは思えないほど、暖かい日でした。今年は暖冬なんでしょうか。


約10日ぶりに休みでした。
ただでさえ不規則な休みなのに、急な仕事が舞い込んでしまい、今日に至ります。せっかくお出かけにはいい季節なのに、すっかり時期を逸してしまったと思ったら、今年は紅葉は遅めのようで助かりました。

今写真の整理をしていて、詳しくは別記事で書きますが、取り急ぎ行った場所だけでも。




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大原三千院



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吉田山(吉田神社)




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真如堂



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金戒光明寺




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哲学の道



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慈照寺(銀閣寺)


です。
さすがの京都という感じでした。今年は紅葉のはずれ年と言われているみたいですが、少なくとも今回見たところはどこもすごかったですね。平日なのに大混雑。


明日香村では、毎日どこかで遺跡の発掘調査が行われています。特に陵墓に関連した発掘調査の現地説明会が行われれば、数千人の考古学ファンがこの小さな村に押し寄せてきます。

先日新たな発掘調査の結果が発表されました。

出会いの広場、石敷き溝 明日香村・飛鳥寺西方遺跡

以下記事引用
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奈良県明日香村の飛鳥寺西方(せいほう)遺跡で、飛鳥時代(7世紀後半ごろ)の石組み溝が見つかった、と村教委が24日発表した。飛鳥寺の西側に は、大化改新の立役者、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ=後の天智天皇)と藤原鎌足(かまたり)が初めて出会った「槻(つき)の木の広場」があったとさ れる。溝は広場の南限だった可能性があり、過去の調査と合わせると広場の規模が把握できたとしている。

 溝の遺構は飛鳥寺の南西約130メートルにあり、幅約90センチ、長さ約14メートルにわたって出土。中に約15センチ大の石が敷かれ、東西方向に延び ていた。溝の北側は整地されて5~10センチの小石が敷かれていたが、南側にはなく、溝が広場の南限を示す区切りだったとみられる。

 同遺跡ではすでに、今回の溝のすぐ東側で南北方向の石組み溝が確認されている。西側に川が流れていたことなどを考慮すると、広場が東西約120メートル、南北約200メートルの範囲に及んでいた可能性が高いという。


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飛鳥寺は日本初の本格的寺院として有名ですが、その飛鳥寺の寺域と重なるのかあるいは離れているのか、その近くで見つかった広場が「槻の木の広場」では無いかというものでした。


「槻の木の広場」は中大兄皇子と中臣鎌足が、蹴鞠をするために出合った場所と言われています。

この槻の木とはケヤキの古名で、ケヤキの大木がある広場だったということです。

手元にある明日香に関連した書籍[飛鳥に遊ぶ(第4版 歴史が語るもの]によると、昭和55年の発掘調査で、飛鳥寺の北西にある石神遺跡が「槻の木の広場」の中心施設ではないかと推測されていました。


今回の飛鳥寺西方遺跡と石神遺跡とは近いものの、数百メートルほど離れているように思います。(正確な場所は後で調べてみたいと思います)


過去の調査結果と照らし合わせて、「槻の木の広場」の正確な場所が特定できるのかどうか、見守って行きたいと思います。

また、毎朝散歩している甘樫丘からも近いので、今度発掘現場を確認してみたいと思います。