前回の最後に紹介した、2つの小天守ですが、最上部それぞれに火灯窓がデザインされていました。ちょっと小さいのでわかりにくいでしょうか。
拡大してみました。菱の門にあった火灯窓に比べると、一応は窓としての機能が有りそうに見えます。
やはりこの形はこの時代の流行だったのでしょうか。
参考までに、菱の門と銀閣寺にあった火灯窓を再掲してみました。それぞれちょっとずつ作りが違っているんですね。
大天守から少し西にある「にの門」の櫓です。ここに小さな鬼瓦があるのですが、こちらにもあるデザインが施されています。この写真ではわかりませんね。
ぐっと寄ってみました。鬼瓦に十字架が描かれているのがわかるでしょうか。一説によると、姫路城の城代だった黒田官兵衛がクリスチャンに帰依していたので、このような鬼瓦が残っているのではということでした。
にの門近くには、その説明板もありましたので、姫路城を訪れる機会がありましたら、こちらもぜひ探してみてください。
姫路城の最後は、長ーい廊下で有名な西の丸です。そのながーい廊下は百間廊下ともよばれ、姫路城当主の本多家の本多忠刻とその正室千姫が暮らしたとされています。
内部の百間廊下には、侍女たちの小部屋がたくさん連なっていました。
千姫の伝説がこの西の丸には伝わっているため、その小部屋には千姫にまつわる様々なお話が、掲示板で表示されています。
それにしても長い。現在の長さにして300mだそうです。
西の丸にはところどころ階段があり、長いだけでなく櫓状の高さのある建物もあります。もちろん住まいとしてだけでなく、防備も兼ねた作りになっているのでしょう。
西の丸の一番最後には、化粧櫓とよばれる少し大きめの部屋を持つ建物があります。
内部では千姫の化粧部屋というか休息室であったとされ、千姫をかたどった人形が展示していました。
ということで、実際には2時間ほどの滞在でしたが、すっかり長くなってしまいました。
今度来るときは、大修理が完成している頃だと思います。その時は、もっとじっくりと姫路城を見て回りたいと思います。