昔、訪問販売をやっていました。
訪問販売は、人に嫌われるのが仕事です。
ピンポン押しただけで、警察を呼ばれたり、100件行っても1件も売れない日もザラです。
1日100件訪問して、3件と話せて、2件と最後まで話せて、1件成約が取れるっていう仕事です。
私はそれを6年ちょっとやりました。
その途中、かなり苦しい時期がありました。
人に喜ばれるのが仕事なのに、なんでこんなに嫌われる方法を取るんだろう。
会社は一体何を考えているのだろう。
もうやりたくない。
(訪販やめる人は全員これを言いますwそして、その商材を売るのに訪販が最適な方法だったっていうのは、あとでわかります)
そう、やる気がでなかったのです。
人に嫌われる仕事なんて意味がない…というかやるべきではない、と思っていたのです。
で、当時は困っても人に相談するっていうことを知らなかった(ガチでその方策が浮かばなかった)ので
とりあえず、本屋に行きました。
でも、書店には、「やる気を出す本」などは存在しておらず、「うまく話す方法」「出世する方法」みたいな
How to本しかありませんでした。
そんな中で、一冊だけ、違う毛色の本が目に入りました。
それが、斎藤一人さんの本でした。
(斎藤一人さんにはかなり助けてもらいました。会ったことないけどw)
その本の中に「大丈夫だ」って書いてあったんですよ。
当時、私はお風呂に入りながら本を読む習性があったので(今はkindleになりました)
何の気なしに、「大丈夫」って呟いてみたんですよ。
そしたら、それまでどうもなかったのに、涙が止まらなくなりました。
それまで、フンフンフンフンって普通に本読んでたのに、急に涙が止まらなくなりました。
お風呂の中で膝を抱えて、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、って呟き続けました。
泣きながら、大丈夫、大丈夫、大丈夫って呟き続けました。
そのときは気づきませんでした。
なんで涙が出て来たのかもわかりませんでしたが、大丈夫、とつぶやき続けて
涙が止まるころには、少し、気持ちが軽くなっていました。
もう少し、がんばろうって思えました。
当時の私がほしかったもの、それは「安心」でした。
当時は全くわかっていませんでしたが、そのあと心理学を学び、この世の成り立ちを学んでいく中でわかりました。
安心がほしかった。
アダルトチルドレンと呼ばれる人には、
小さいときから(心理的・身体的に)安全な場所がありません。
(重たい女や、こじらせ女子とか、恋愛うまくいかないとかいう人は、みんなアダルトチルドレンです)
本来であれば、家庭…
もっと言うと母子関係が安全基地(自分らしく居ても安心できて情緒的な分かち合いが行われる場所)であるのですが、
さまざまな理由で、幼少期に安全を確保されなかった子どもは、世界は危ないところだ、と最初からずっと思っているので、
ずっと不安の中で生きているのです。
そして、なんとか安心を得ようと、いろんな方策を練るのです。
それが、「かまって」だったり「こじらせる」だったりするわけです。
「かまって」や「こじらせ」は安全基地のない人の、生き延びるためのその人なりの方策です。
(だから、かまってやってたり、こじらせてる人は自分を責める必要はない。生き延びるために必要だったんだ)
私は、0歳児保育で生後1か月で保育園に預けられました。
そのときに「誰も助けてくれない」「世界は危険」という思い込みを作りました。
(今でも口癖は「あぶな~~~~~い」ですw)
そして、ずっと不安の中で生きていました。
だから、ずっと「安心」がほしかった。
安心したかった。
心の底から安心してみたかった。
何も考えずに発言したかった。
言いたいことを言いたかった。
笑いたいときに笑って、寝たいときに寝てみたかった。
意味のないことをし続けてみたかった。
そして、それでもそのままでいいよ、って許されたかった。
そのままで居てもいいよ、って許してほしかった。
もし、当時の私と同じような人がいたら、自分で自分に言ってあげてください。
できたら、声に出して言ってあげてください。
「本当は辛かったんだね」
「寂しかったんだね」
「もう泣いてもいいよ」
「もう我慢しなくていいよ」
「大きな声で泣いていいんだよ」
「大丈夫だよ」
「そのまんまで大好きだよ」
「全部愛してるよ」
「ずっと一緒にいようね」
って。
大丈夫だよ。
ほんとはこの世は安全だから。
自分で自分に安心を与えることが、できるから。
Remember Me!

