2024年は、1824年5月7日ウィーンのケルントナートーア劇場でベートーヴェンの《第九》が初演されてから200年の記念の年。様々な団体が《第九》を演奏するが、
神奈川フィルの「踊れ!第九」はその中でも異色の企画。
コンテンポラリーダンサーの森下真樹を含むダンサー6名が全楽章を踊る。森下は各地で第九のダンス上演を行ってきたが、フル編成のプロオーケストラとの共演は初となる。
神奈川フィルは12型と編成が小さめで、広い県民ホールでの音響を心配したが、ダンサーや合唱団がステージ前方で踊り歌うため、舞台奥で演奏。反響板にダイレクトに音がぶつかり返ってくるため、意外によく響いた。
指揮は神奈川フィル名誉指揮者の現田茂夫。
客演コンサートマスターは飯守朝子。2023年秋よりスイス・ルガーノのスイス・イタリアーナ放送管弦楽団のコンサートマスターを務めている。
照明をダンサーに当てるため、場内は暗くしてオーケストラは譜面台用ライトを使う。
第1楽章が始まるとステージでうずくまっていた森下真樹が、ゆっくりと起き上がり自由なダンスを踊り始める。森下は身体がやわらかく、動きも滑らかで軽やか。神秘的な和音から急速に盛り上がり爆発する冒頭を森下は「宇宙から地球が生まれ、地球から人間が産まれ出るエネルギー」と語っており、ダンスからもそうした意図が感じられた。
第2楽章スケルツォは男性ダンサー5人が集合と散会を繰り返す。激しい音楽に合わせ手を叩くなど、モダンダンスらしい動きもある。
第3楽章アダージョ・モルト・カンタービレは、途中から1階客席後方から布で上半身を覆ったダンサー4人が現れ、通路を通りステージに上がる。「びっくりした!」という声が上がる。演劇で言う異化効果(観客に驚き、違和感を与え、観劇をあえて妨げ、異なる視点を与える手法)を狙ったもの。
ステージ上の眠るダンサーを起こしムカデのようにひとつに連なり踊る。
森下は「4人が眠る者に人間を教える場面」を意図したとのこと。
第4楽章は、オーケストラの演奏部分ではダンサーによるアクロバティックな、激しい動きが舞台上で繰り広げられる。やがて合唱(神奈川ハーモニック・クワイア)28名が左右袖から舞台前面に登場、バスの第一声は合唱団の中から一人前へ出て、「おお友よ、こんな音ではない!」と歌う。独唱4人の四重唱の際は合唱の中から別の歌い手が出て歌う。以下重唱のたびに3組のメンバーが入れ代わり立ち代わり歌う。
ベートーヴェンが夢見た支配階級と民衆の階級制の打倒を、ソロと合唱の共有という方法で表す意図がある。
合唱のメンバーも両手を掲げたり、ダンサーに寄り添ったり、集合散会を繰り返すなど、動きや演技はあるが、激しいものではない。
第4楽章での森下以下ダンサーは舞台上を所狭し、と動きまわるが、合唱団が壁になり、激しい動きは減じられる。黄色い横断幕をコーラスの前面に広げ覆うという演出もあった。この幕は、支配階級の妨害、抵抗を表すものなのだろうか。
全曲のクライマックス、合唱が「歓喜よ、神々の美しい火花よ」と歌い上げ、オーケストラの後奏になるコーダは、ダンサー全員が集合し、一丸となって両手をひらひらと動かしながら、舞台前方へ力強く進んでくる。演奏が終わり、大きな拍手が起こってもダンサーの動きは止まることなく進み続ける。これには客席が大いに沸いた。ブラヴォ、ブラヴィも飛び交う。
現田茂夫の指揮は、ダンサーたちが踊りやすいように規則正しいリズムを優先したのか、インテンポの演奏でアゴーギク(正確なテンポやリズムに微妙な変化をつけること)は大きくないため、演奏が単調に感じられることもあった。しかし、終楽章は、作品の持つ特別な力が働き、オーケストラと合唱、ダンサー、そして観客をも巻き込む一種異様なエネルギー、高揚感が生まれ、《第九》という作品の凄さを改めて感じさせた。
ダンサーの数はもう少し多いほうが盛り上がったかもしれない。また女性ダンサーが森下一人という点もバランスや華やかさに欠ける気もしたが、《第九》全楽章をダンスで表現するという意欲的な試みはインパクトがあり、成功したと言えるのではないだろうか。
ちなみに、これまでの公演は、2019年「ベートーヴェン交響曲第9番全楽章を踊る」@神奈川県立青少年センター スタジオHIKARI、2021年「踊れ、第九!」@徳島あわぎんホール、2021年「ベートーヴェン『交響曲第9番』を踊る@岩手県 宮古市民文化会館など。
森下は交響曲第5番もすでに踊っているが、「全交響曲を踊るまでは死ねません」と全曲制覇に意欲を燃やしている。
公演データ
県民名曲シリーズ第21回 踊れ!第九
6月15日(土)17時開演
会場:神奈川県民ホール
指揮:現田茂夫(名誉指揮者)
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:飯守朝子
共演者
ダンス:森下真樹+森下スタンド ルートヴィヒ5
森下真樹、伊藤 奨、黒田 勇、中村 駿、中村 理、山口 将太朗(ダンス)
神奈川ハーモニック・クワイア(合唱とソロ、全28名)、クワイアマスター岸本 大
照明:三浦あさ子
衣装:萩野緑
舞台監督:河内崇
曲目:ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱付き」