ステファニー・チルドレス 読響 鳥羽咲音(チェロ)(5月31日・サントリーホール) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

1999年生まれ、誕生日が来て25歳という若い指揮者、ステファニー・チルドレスの日本デビュー。すらりとした長身、ボーイッシュなルックス。指揮は落ち着いており、堂々としている。最初はヴァイオリニストとして活動したという。

目力が強く、人を惹きつけるものを持つ指揮者だ。


すでにロンドン響、クリーヴランド管、パリ管などメジャー・オーケストラにデビュー、23年10月ハンブルク歌劇場でモーツァルト「後宮からの誘拐」を、11月にグラインドボーンのイギリス国内ツアーでモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」を振り好評を博した。

 

シベリウス「交響詩《フィンランディア》」は重心がそれほど低くはないが、清涼感のあるさわやかな演奏。冒頭の金管をしっかりと鳴らす。イギリスのオーケストラのように強力で輝かしい金管を彼女は読響に求めたと思うが、そこまでの厚みはなく、少し濁りもあった。

 

エルガー「チェロ協奏曲」を弾いた鳥羽咲音は初めて聴いた。2005年、音楽家の両親のもと、ウィーンで生まれたというから、まだ19歳!彼女もまた若いにもかかわらず、ステージマナーは堂々としており優雅でもある。6歳から毛利伯郎氏に師事。18年に泉の森ジュニア・チェロ・コンクール中学生の部で金賞を、モスクワの若い音楽家のためのコンクール「くるみ割り人形」弦楽器部門で銅賞を受賞するなど、数多くのコンクールで優勝・入賞。

 

鳥羽の奏でる音や表情が上品。エルガーがスコア冒頭のアダージョの叙唱につけた表示nobilmente(気高く、高貴に、上品に)にふさわしい。繊細な部分が特によかったが、同時に音量も豊かで、スケールも大きく、オーケストラに負けない。

チルドレスの指揮も繊細だった。

ただ、第1楽章冒頭のソロとオーケストラ(チェロとコントラバス)のタイミングが微妙にずれた。演奏を始める前、鳥羽が瞑想するように下を向き、開始を目くばせするまで時間がかかり、チルドレスが待ちくたびれていたように見えた。このあたり、鳥羽の演奏経験の少なさがあるのかもしれない。

それでも終楽章コーダで、第1楽章冒頭のアダージョの叙唱が再現する直前のフェルマータがこれしかないという絶妙な間があり、鳥羽の音楽センスの良さを感じた。

 

鳥羽のアンコールは、ドヴォルザーク「私にかまわないで」(Lasst mich allein)。ドヴォルザークがチェロ協奏曲の第2楽章中間部に引用したメロディで、原曲は歌曲。読響のチェロ6人の演奏をバックに、鳥羽は何とも優雅に滑らかに奏でた。編曲はキアン・ソルターニだろうか?

後半のドヴォルザーク「交響曲第9番《新世界より》」にもつながる選曲もしゃれている。

 

チルドレスのドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界から」は、すっきりとしたスタイリッシュな演奏。コンサートマスターは元神奈川フィルの﨑谷直人が務めた。トップサイドは長原幸太。
ヴァイオリンの音がすっきりとして繊細な響きがする。﨑谷の音のようでもあり、チルドレスのテイストのようでもあり。
チルドレスはアメリカ・デビューも「新世界から」だったそうで、作品への思い入れも強いのだろう。熱の入った指揮ぶりだった。

 

第1楽章は提示部の繰り返しがあったが、2回目は弱音を強調するなど変化をつけた。

第2楽章も、女性らしく(ジェンダーフリーには抵触しない意味で)、細やかな表情に惹かれる。

第3楽章スケルツォは切れがあり、ダイナミック。

 

アタッカで入った終楽章もコントラバスに主題を強烈に弾かせ目立たせるなど、そこかしこに新鮮な表現があった。コーダのフェルマータを長く伸ばしたが、フライング拍手がいくつか起きてしまったのは残念だった。

 

明日6月2日読響奈良公演でも同じプログラムが演奏されるが、すでに完売となっている。

 

ステファニー・チルドレス©Karolina Heller 鳥羽咲音©Julia Wesley