カーチュン・ウォン 日本フィル 上原彩子(ピアノ) (1月21日・サントリーホール) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。


カーチュン・ウォン日本フィル首席指揮者就任記念公演のマーラー「交響曲第3番」「音楽の友コンサートベストテン2023」の第7位、「毎日クラシックナビが選ぶ2023年開催公演ベスト10」の第3位に選出されたことがつい数日前に発表されたばかり。
ウォンと日本フィルは現在絶好調。その勢いは今日の演奏にも顕著だった。

 

日本の作曲家の紹介に積極的なカーチュン・ウォン。伊福部昭:舞踊曲《サロメ》より「7つのヴェールの踊り」は伊福部の大地を揺るがすような土俗的エネルギーが爆発した。隙のないアンサンブルと磨き抜かれた響き、切れ味抜群のリズムも冴える。ウォンのコーダでの快刀乱麻を断つがごとく上下左右に動くタクトさばきは圧巻だった。

 

上原彩子をソリストとするラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43。途中まで上原のピアノに精彩がなく疲れているのか、忙しすぎるのかと心配になる。しかし単独でも演奏されることのある第18変奏をゆったりとしたテンポで表情豊かに弾いたところから生気を取り戻した。ウォン日本フィルも華やかなバック。第20変奏の跳躍するピアノも生き生きとしている。最も技巧的な第22変奏を華麗に盛り上げていく。左右に流れるように動く連符も鮮やか。第23変奏の豪快なカデンツァも見事に決まる。最後の第24変奏のスタッカートを切れ良く弾き、ピウ・ヴィーヴォ(もっと生き生きと速く)のコーダではオーケストラの怒りの日の主題と共にクレッシェンドし、華麗なグリッサンドを決め軽やかに弾き終えた。

最初からこの調子で弾いていたらとは思うけれど、今日は調子をつかむまで少し時間が必要だったのかもしれない。

アンコールはラフマニノフ:前奏曲 ト長調 Op.32-5。雪の結晶が光を反射してキラキラ輝くような高音が美しい。

 

後半はベルリオーズ《幻想交響曲》。カーチュン・ウォンが指揮するフランス音楽を聴くのは今回が初めて。軽やかで明快、色彩豊かな演奏になるのではと予想したが、色彩感は確かに豊かだが、軽やかさとは異なり重心の低い堂々たる演奏だった。同時に繊細さも際立っていた。

 

テンポは最終楽章のコーダ以外はゆったりとしている。
第1楽章「夢・情熱」導入部のフルート、オーボエ、クラリネットの付点音符の前奏に続く固定楽想を弾くヴァイオリンは非常に繊細。

 

第2楽章「舞踏会」は品のある演奏。全体的に重厚と書いたが、ワルツは軽やかだった。2台のハープの音が柔らかい。

トランペット首席のオッタビアーノ・クリストーフォリはもう一人の奏者と共にコルネットを担当、ベルリオーズが1844年5月4日の改訂版初演のさい、コルネットの名手ジャン=バティスト・アルバン(1825-89)のために書き加えたとされるコルネットのオブリガートが輝かしかった。

 

第3楽章「野の風景」でのイングリッシュ・ホルン(佐竹真登)とオーボエ(杉原由希子)の二重奏が素晴らしかった。オーボエは上手袖に入り距離感を感じさせる。イングリッシュ・ホルンは艶々として抒情性も豊か。

 

第4楽章「断頭台への行進」はテンポが遅め。重心を低くしてきっちりと進んでいく。クラリネットの固定楽想に続いてギロチンが落とされる場面での金管は壮大で壮麗。

 

第5楽章「魔女の夜宴の夢」はカラフルで重厚。鐘が下手奥で鳴らされる中、2本のテューバが堂々と怒りの日の主題を吹く。以後畳みかけるように進んでいくが、全てのセクションが混濁することなく明快に分離良く聞こえてくるのは、カーチュン・ウォンならでは。最後は一気に加速して終えた。

 

ウォンの指揮は細密画を見るように克明であると同時に色彩もあり、堂々として重心が低く、奏者すべてが混濁や混乱なく有機的に結びつく。全てが設計図通り緻密に進みながら、無理のないバランスがとれたデュナーミクが維持される。しかも次が予測できない意外性や即興性も加えられる。

日本フィルとともにレパートリーを次々に広げていくウォンはこの先どこまで進化していくのだろう。