汐澤安彦 上智大学管弦楽団 ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」他 | ベイのコンサート日記

ベイのコンサート日記

音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

(12月25日・すみだトリフォニーホール)
汐澤安彦(しおざわやすひこ)の強烈な演奏に驚いたのは
11月1日パシフィックフィルハーモニア東京を指揮したコンサート。その衝撃をブログに書いた。

驚愕のコンサート!汐澤安彦 パシフィックフィルハーモニア東京(11月1日・東京芸術劇場) | ベイのコンサート日記 (ameblo.jp)

 

汐澤安彦が在京のプロ・オーケストラを指揮したのは何と41年ぶりだという。(池田卓夫さんのコンサート・レヴューをお読みください)↓

ペトレンコ&ベルリン・フィル期待にたがわぬ実力と話題性……23年11月 | CLASSICNAVI

 

なぜプロオケが汐澤を招聘しないのか謎だが、吹奏楽、あるいはアマチュア・オーケストラの指揮者というイメージが先行しているのだろうか。在京オーケストラ再登場を待っていても85歳という年齢もあり、上智大学のオーケストラを指揮するというチラシを見て主催者にお願いして聴かせてもらった。

 

上智大学管弦楽団今年創部70周年を迎える。今日はそれを記念する第117回の定期演奏会でもある。今回初めて知ったのだが、汐澤は1965年から58年の長きにわたり上智大管の常任指揮者を努めている。これほど長く在任している指揮者は他にいるのだろうか。朝比奈隆でさえ大阪フィルの前身の関西交響楽団時代から亡くなるまで53年間だったのだから。

 

プログラムはロッシーニ「歌劇《ウィリアム・テル》序曲」、チャイコフスキー「バレエ組曲《白鳥の湖》」、ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」。

 

ロッシーニ「歌劇《ウィリアム・テル》序曲」は15-12-10-8-6という編成。ヴァイオリンとヴィオラはほとんどが女性。コントラバス、チェロ、ヴィオラ、打楽器にはOB、OGが何人か参加していた。

 

演奏の疵は気にしないことにして、汐澤の指揮に注目した。
パシフィックフィルハーモニア東京でも感じたが、弦楽器がひとつにまとまる一体感が素晴らしかった。背中が丸くなり動きもさほど大きくない汐澤の指揮だが、オーケストラは彼の指揮を知悉しているらしく、小さな動きにも敏感に反応した。第2部「嵐」や第4部「スイス軍の行進」では金管が元気一杯で、がんばっていた。

 

チャイコフスキー「バレエ組曲《白鳥の湖》」は汐澤の強烈な指揮にインパクトがあった。上智大管は16-14-12-8-8という編成に拡大。

 

聴いていて汐澤の指揮に往年の大巨匠、ハンス・クナッパーツブッシュに重なるものを感じた。構えが堂々としてスケールが巨大で、音楽に奥行きがあり、懐が深い。重心が低く、どっしりとした演奏。

 

「情景」はおどろおどろしく始まり、優雅な「ワルツ」はロシア的。時折起こる爆発的な金管の強調も凄い。「スペインの踊り」はリズムに緊張感をはらみ、ソ連時代のオーケストラを聴くよう。「ハンガリーの踊り」の後半のチャルダッシュの激しい2拍子では上智大管は取りつかれたように邁進していく。最後を雄大に決めるところは汐澤らしい。

 

ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」は18-16-14-11-10の弦、オーボエ4、フルート4、クラリネット4、ファゴット4、ホルン8、トランペット6、トロンボーン3、テューバという巨大編成。他に打楽器、ピアノ(兼チェレスタ)とハープが加わる。

 

汐澤は、前半は立って指揮したが、後半は椅子が用意された。今日のプログラムは全て暗譜で振っていた。

 

汐澤の指揮はパシフィックフィルハーモニア東京(PPT)の時は音に「芯」があり、重心が低く、総奏となった時のインパクトは強烈という特長があった。PPTの楽員から「奇跡のような演奏」という言葉が出たそうだ。一期一会の特殊な状況で生まれた名演だったのかもしれない。

 

上智大学管でもPPTほどではないにせよ、汐澤の個性が噴出するような強烈な場面にしばしば遭遇した。

 

第1楽章序奏は下から突き上げるような分厚い音。展開部の暴力的なクライマックスの金管の斉奏もインパクトがあった。
第2楽章アレグレットの低弦が弾く主題の分厚い音に驚く。

第3楽章第5変奏での、シロフォンの強打と共に頂点を築くコントラバス、ヴィオラ、チェロ、ヴァイオリンの渾身の強奏も強く印象に残った。

 

第4楽章では開始からトランペット、トロンボーンの行進曲風の主題が盛り上がるクライマックスまで、汐澤と上智大学管の集中力が見事だった。静かになってからのホルンのソロもがんばっていた。
 

行進曲のリズムが始まりコーダに進み、最後にニ長調となる結尾は汐澤が立ち上がり、上智大学管に気合を注ぎ込む。

弦のレ音のトレモロは、巨大編成だけあり、金管の咆哮に負けない。ティンパニ、シンバル、大太鼓とともにテンポを落とし、最後は大きな岩石が落ちるような衝撃で演奏を終えた。ソロの音程など疵もあったが、汐澤の意図は充分に伝わってくる熱演だった。

 

汐澤の指揮は小細工がなく直截で一直線で筋が通っている。スマートに立ち回るような指揮や演奏とは異なる。
できれば汐澤のブルックナーを聴いてみたい。上智大学管とは「テ・デウム」の演奏歴はあるようだが。