驚愕のコンサート!汐澤安彦 パシフィックフィルハーモニア東京(11月1日・東京芸術劇場) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

汐澤安彦の噂は以前から聞いていたが、その指揮に接する機会はこれまで一度だけ。それも協奏曲でのこと。
 

巨匠・汐澤安彦指揮 SIOフィルハーモニックオーケストラ~コンチェルトの夕べ  | ベイのコンサート日記 (ameblo.jp)

 

その真価に本日ようやく触れることができた。
以前から「巨匠」と仰ぎ見ている方々からは『今頃気づいたのか』と言われそうだが、感想を一言で言えば、
『驚愕のコンサートだった。日本にこんな素晴らしい指揮者がいたとは!汐澤安彦は本物の音楽家であり、本物の指揮者である』というもの。

 

汐澤のどこが素晴らしいのか、自分が感じたことを以下列挙する。

 

第1に、楽員の心をわしづかみするカリスマ性。
パシフィックフィルハーモニア東京と改称してから8回ほど聴いているが、同オーケストラの演奏としては間違いなく最高レベル。楽員の実力と自発性が最大に発揮されていた。

第2に演奏の重心が定まっていること。
オーケストラ自体が地面に深く根を張るように土台が安定しており、響きの構造が揺るぎない。

吹奏楽のレジェンドとして定評のある汐澤だけあり、金管の音が完全に変わった。それだけではなく、弦も木管も全く違う音色と演奏になっていた。共通して言えるのは、各奏者の音に「芯」があり、重心が低いこと。その芯と重心は演奏中全くぶれない。そのため、総奏となった時のインパクトは強烈だ。ジャストミートしたボールが固まりとなって、とんでもないパワーで迫ってくる。

ゴルフやおそらく野球のバッティングも同じだが、芯を食ったときの感覚に近いのかもしれない。打球の瞬間は余計な力が入らず、快感にちかい感触が両手に残り、とんでもない飛距離が生まれることと似ている。

 

第3に、音のバランスの良さ

どんなに強奏しようとも、響きが濁り団子になることなく、クリアに各セクションが重なる。

 

第4に、音、響きに色彩がある。楽器がもつ音色を最大限引き出している。

 

第5に、緩急の流れが自然で一貫している。

ダイナミックの変化がドラマティックで、作為的でなく、全体が統一されている。

最強音から最弱音への変化、速い部分から遅いテンポへの切り替えが自然。緩徐部分の歌わせ方、ハーモニーの作り方に無理がなく、緩徐部分の重層的で立体的な響きは素晴らしかった。

 

曲ごとに具体的に述べたい。

まずはメインのチャイコフスキ−「交響曲第4番 ヘ短調 作品36」が最高だった。

第1楽章冒頭のホルンとファゴットによる主想旋律ファンファーレから音に芯があり、輝かしい。

展開部の進行が重厚。再現部の主想旋律がより強烈。

最後のクライマックスでも金管が力強く弦は引き締まり、かつバランスもとれている。

 

第2楽章のオーボエの主題も音がしっかりとしており、艶やか。ファゴットも良い。

舞曲風な中間部の弦が重厚。チェロも重層的な厚みがある。

 

第3楽章スケルツォ、ピッツィカートの音に瞠目。日本のオーケストラからこんなに力強くまろやかでよく響く音を聴いたことがない。

 

第2楽章から第4楽章までアタッカで続けた。

終楽章冒頭のシンバル、大太鼓、ティンパニ、金管の頭の揃い方と気迫に驚く。

《白樺は野に立てり》の主題には厚みがあり、ファンファーレとそのあとの打楽器もずっしりとした重みで響く。

コーダは金管の輝きと打楽器の切れは更に増し、弦の力強さは12型とは思えない。

最後まで重厚に、揺るぎない安定を保って終わった。

 

前半の3曲について。

グリンカ「歌劇《ルスランとリュドミラ》作品5より“序曲”」は、くっきりとした切れのある音。弦は張りがあり、第2主題のチェロが朗々と気持ちよく歌う。

 

ボロディン「交響詩《中央アジアの草原にて》」は、スタジオでの録音のように丁寧でわかりやすい指揮。チェロの対位旋律が浮かび上がる。

 

ボロディン「歌劇《イーゴリ公》より“ポロヴェツ人の踊り”」は素晴らしかった。まるでストコフスキーの指揮したように、セクションがくっきりと分離し、色彩と輝きがある。

日本の他の指揮者からなかなか聴けないような演奏だった。

 

汐澤安彦はパシフィックフィルハーモニア東京以外のメジャー・オーケストラを指揮することはあるのだろうか。これほどの名指揮者が、それらの常任でも首席客演指揮者でもないことが不思議だ。

 

今年85歳という汐澤の年齢からして、この先何度聴けるのか。この日も後半のチャイコフスキーでは椅子に腰かけ、ここぞというときには立って指揮していた。

汐澤を見ていて、「遅れてきた巨匠」として日本で晩年急速な注目を集めたチェコの指揮者ラドミル・エリシュカを思い出す。

 

汐澤安彦にはもっと多くの名門オーケストラに登場してほしい。

 

直近の汐澤安彦が指揮するコンサートは、以下の2つがある。

●11月10日(金)19時 東京芸術劇場 
明治学院大学管弦楽団第102回定期演奏会
(シベリウス:交響曲第2番他)

●12月25日(月)19時すみだトリフォニーホール

上智大学管弦楽団 第117回定期演奏会 創部70周年記念

(ショスタコーヴィチ:交響曲第5番他)

 

汐澤安彦プロフィール

1962年、東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。1964年、同専攻科修了。トロンボーンを山本正人、指揮を金子登の各氏に師事。当初、バストロンボーン奏者として、読売日本交響楽団に創立当初より8年間在団。かたわら、桐朋学園において、斎藤秀雄氏より指揮法を学ぶ。1970年、読売日響を退団、指揮の道に専念。1967年、1970年民音指揮コンクールで再度、奨励賞を受賞。1973年、同コンクールで2位に入賞(1位なし)、全国主要都市で入賞記念コンサートを指揮。

1975年、ベルリンに留学、ベルリン音楽大学および、カラヤンアカデミーにおいて指揮者としてさらに研鑽をつむ。

帰国後、新星日本交響楽団定期公演に登場するなど、東京をはじめ全国各主要オーケストラを指揮。また、1976年より2年間、二期会合唱団常任指揮者をつとめ、オペラ「夕鶴」(團伊玖磨作曲)を指揮するなど、オペラ、合唱界においても活躍。

 

一方、吹奏楽界においては、東京音楽大学シンフォニックウィンドアンサンブルの指揮者として、永くその任にある他、東京吹奏楽団常任指揮者として、また、東京佼成ウインドオーケストラ、シエナウインドオーケストラ、ジャパンスーパーバンドなどの客演指揮者として、コンサート、録音など幅広く演奏活動を行っている。

 

1999年、日本吹奏楽学会より、第9回日本吹奏楽アカデミー賞(演奏部門)を受賞。2014年、2017年、ベルリン・フィルハーモニーホールにて、再度、日独親善友好記念《第九》コンサートを指揮。

オーケストラはもとより、吹奏楽会など幅広く活躍。プロの団体から学生・一般市民団体まで分け隔てなく❝音楽に情熱を注ぎこむ❞その烈しいまでの熱い姿勢には定評がある。

東京吹奏楽団名誉指揮者。東京音楽大学名誉教授。