ゲルハルト・オピッツ ピアノ・リサイタル(12月15日・東京オペラシティ) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

11月のノット東響とのベートーヴェン「ピアノ協奏曲第2番」がまろやかで温かく、感銘を受けたオピッツ。リサイタルはシューベルトとリストというロマン派の作品で構成された。いずれも、師のヴィルヘルム・ケンプの衣鉢を受け継ぐ王道を行く演奏で、昨今の尖った強烈な演奏とは異なり、安心して音楽に身を委ねることができた。

 

シューベルト:ピアノ・ソナタ 第15番 ハ長調『レリーク』 D.840(未完)

偉大なる中庸という安定した演奏。丸みを帯びた角のない音、低音もたっぷりと鳴る。第4楽章は展開部の途中までしか書かれておらず、唐突に終わった。

 

シューベルト:さすらい人幻想曲 ハ長調 D.760

10月に聴いたアレクサンドル・カントロフのヴォリューム全開の強烈な演奏ではないが、必要にして十分な音量とスケール感がある。

第2楽章アダージョの変奏の細やかな音符もきらめきがある。第3楽章プレストも安定。中間部は歌に溢れる。第4楽章アレグロは不気味さもあり、大波が何度も打ち寄せるような動きがある。対位法も壮大に弾かれ、力強く終えた。

 

後半のリストも最近の巨大化した演奏ではなく、貴族的な格調がある味わい深い演奏で魅了した。

 

バラード 第2番 ロ短調はなんとバランスの取れた演奏だったことか。低音部が不気味な第1主題と愛らしい第2主題が対照的に交互に登場し、軍楽調の中間部では華やかな技巧を展開した。素晴らしかったのは、アレグロ・モデラートで弾かれるオペラのアリアのような旋律。名映画の一場面をほうふつとさせる懐かしくも華麗な世界が目に浮かぶ。

 

リスト:巡礼の年 第2年「イタリア」よりペトラルカの3つのソネット

は、第4番のノスタルジックな表情が、先のバラードにも通じ、第5番は外連味のない渋い美しさと安心感があり、温かい演奏。回想、思い出の世界。第6番は天使のささやきのような高音が美しい。尖ったところがどこにもない。

 

リスト:バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、慄き」の主題による変奏曲

右手の連符の動きが滑らかでとにかく美しい。リストらしい大胆な表情にあふれている作品だが、最後に原曲のカンタータの終曲のコラールWas Gott tutが引用され終わる。

 

 

神がなされること、それは正しくなされる、

私はそれを堅くまもろう

困難、死、悲惨が

私を追い立てても

それでも神は私にとって

父のような存在であり

腕の中に抱きしめてくださるだろう

私はただひたすら神の御心のままにいよう

 

という歌詞が原曲では歌われる。リストはこの作品を書く12年前の1850年修道士の道を歩もうとローマ・カトリックの僧籍も得たが、下級聖職位で、厳格なカトリック信者ではなかったという。

しかし、この引用は変奏曲の俗っぽさを一気に変えるインパクトがあり、それをオピッツが崇高な表情で弾いたことが素晴らしかった。

 

 

アンコールに、まさかリスト「愛の夢第3番」はないだろうな、と思ったら、なんとその曲が始まり、せっかく気高い雰囲気となったものが、現世に戻されてしまったことは残念。格調高い演奏であったことは救いだが。