シルヴァン・カンブルラン指揮読響 ピエール=ロラン・エマール(ピアノ) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

(12月5日・サントリーホール)

読響桂冠指揮者シルヴァン・カンブルランがひさしぶりに登場、ヤナーチェク、リゲティ、ルトスワフスキという得意の近現代音楽を指揮し、鮮やかな演奏を聴かせた。

 

カンブルランの指揮はとにかくポジティブで明るい。音楽の楽しさがストレートに伝わってくる。一見難解なリゲティも新鮮な和声やリズムにスポットライトが当たり、エンタテインメントとなる。

 

ヤナーチェク:バラード「ヴァイオリン弾きの子供」は、12分ほどの作品だが、オペラのダイジェストを聴くよう。寒村のヴァイオリニストが死に、残された赤ん坊を老婆が面倒をみる。老婆はヴァイオリニストが赤ん坊を天国へ誘う夢を見るが、十字を切って追い払う。翌朝村の顔役が訪ねるとヴァイオリンは消えており、赤ん坊は死んでいたという物語を音楽が語っていく。ヤナーチェクの語法である鋭い弦の動きが特徴的。

ヴァイオリニストを表すコンサートマスター日下紗矢子のソロと赤ん坊を表す荒木奏美のオーボエに品がある。ヤナーチェクの才気がほとばしる作品だ。

 

ピエール=ロラン・エマールをソリストに迎えたリゲティ「ピアノ協奏曲」は、現代音楽のエンタテインメントの極致だった。

カンブルランの抜群のリズム感のある指揮に読響の打楽器陣が敏感に反応した。エマールのピアノも軽やかに進んでいく。彼はリゲティの音楽が体に入っている。

 

第1楽章はカリブ音楽のようにも聞こえる。ピアノは8分の12拍子で弾き、バックの弦は異なるリズムで弾く。左右の手のリズムや調性も異なる。弦のモチーフはどこかで聴いたことがあると思ったら、デュカス「魔法使いの弟子」に似ている。

 

第2楽章はリゲティが好んだ「嘆きのメロディー」、下降する主題がロマンティックだ。エマールが両手を広げて最高音と最低音でこのメロディーを弾く部分はミステリアスな雰囲気が充満する。

楽器の使い方もユニークで、ピッコロが最低音を吹き、ファゴットは最高音を吹く。ピッコロ、クラリネット、オーボエのカッティングサウンド(打楽器のような音)も緊張感を高める。これらが集まったクライマックスも激しい。

 

第3楽章はピアノが弾き続け、左右の手は違うテンポでフーガのように動く。細かなピアノの動きはずっとささやきが続くようでもある。いくつかの波紋が重なりぶつかるような感覚もある。エマールのテンポの速い両手の違う動きはヴィルトゥオーゾ的だ。

第4楽章は楽器群の対話。それぞれの楽器が違うモチーフを奏で、それを他の楽器が受け継ぐ。リズムも楽器ごとにそれぞれ違うので更に複雑になる。ピアノは左右の手で同時に異なる和声をひくことさえある。これを総体でまとめるのは大変で、カンブルランとエマール、読響の技術力が発揮された。

 

第4楽章ではピアノの右手が3拍子で白鍵を、左手が2拍子で黒鍵を弾き、異質なものが巧みにミックスされていく。ポリリズムと異なる和声の融合は混沌としているようで、どこか開放的だ。実際に聴いていると高揚感を覚えた。

第5楽章はこれまで出てきたモチーフがいくつか速度を上げて再現する。左右の手が別の調性を弾くところもある。木琴とピアノが細かな動きで同調する最後のクライマックスを締めるのはなんとウッドブロックの一打。

 

客席の反応は熱狂的で、エマールとカンブルランも「やった!」とばかりに大喜び。エマールはアンコールの前に『(アンコールは)もちろん、リゲティ(笑)。ヤナーチェクとの共通点が良く聴けると思います』と一言付け加え、リゲティ『ムジカ・リチェルカータ』(直訳すれば、「洗練された音楽」)より 第7曲を弾いた。右手は抒情的な旋律を弾くが、左手の同じフレーズの繰り返しは確かにヤナーチェク的だ。さらに拍手が止まないので、第8曲も弾いてくれた。

 

後半のヤナーチェク:序曲「嫉妬」は歌劇「イェヌーファ」の序曲として最初作曲されたが、実際には使われなかった。ティンパニの5連打が金管と共に登場し、モットーとして度々登場する。オーボエの抒情的なフレーズなども出るが、再びティンパニの5連打と金管が盛り上げ最後はモットーの強奏で終わる。

カンブルラン読響の演奏は色彩的で輝きがある。イェヌーファという重いテーマの序曲としては明るすぎるので、ヤナーチェクは外したのかもしれない。

 

 

ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲

これは名演。輝かしく色彩感に溢れた。カンブルランと読響が築いた緻密なアンサンブルの再現を聴くよう。楽員がノリノリで楽しそうに演奏していた。

 

第1楽章冒頭のティンパニとチェロの力強い導入部から集中力があり、主部の《春の祭典》的なリズムが激しく刻まれる個所の高揚もすごい。

 

第2楽章カプリッチョは木管と弦の細かく速いスピードの動きが正確。コンサートマスター日下紗矢子の短いソロも冴える。アリオーソでの金管が素晴らしかった。特にトランペットが輝かしい。

 

第3楽章はコントラバスのパッサカリアの主題に基づく15の変奏。展開部の弦と金管、木管がたたみかけるような緊張感が心地よい。

木管のコラールがひとときの安らぎをもたらす。

再現部からコーダに向けての高揚は本当に輝かしかった。

 

終わるやブラヴォが多数飛び交い、中には立ち上がって拍手する人も。

最後はカンブルランのソロ・カーテンコールとなった。


ただ、これだけ中身の濃いプログラムを詰め込んだこともあり、おそらくリハーサル時間が足らず、カンブルランと読響であれば、もっとできたのではと思うところもあった。リゲティはエマールとのリハーサル時間が限られたのかもしれない。

実際にサントリーホール開場後、18時半まではホール内に入れず、ぎりぎりまでリハーサルが行われたことが伺える。

 

それを差し引いても、近現代音楽の傑作を聴いたという充実感がいっぱいのコンサートだった。

 

読響第633回定期演奏会

指揮=シルヴァン・カンブルラン

ピアノ=ピエール=ロラン・エマール

 

ヤナーチェク:バラード「ヴァイオリン弾きの子供」

リゲティ:ピアノ協奏曲〈生誕100年記念〉

ヤナーチェク:序曲「嫉妬」

ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲

 

カンブルラン©sylvaincambreling.com