アンドリス・ネルソンス指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(11月22日・サントリーホール | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

ブルックナー「交響曲第9番」は、今まで聴いた同曲の最高峰の演奏だった。ここまで高く堂々とそびえたつようなブルックナーを聴いたことがない。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(GHO)は、12年前リッカルド・シャイー指揮で聴いたブルックナー「交響曲第8番」と同じ音を響かせた。GHOの伝統がしっかりと守られている。その暗さをたたえた気品のある響きはブルックナーに最もふさわしいと思う。

 

ヴァイオリンは純粋で高潔な高音、ヴィオラは控えめで落ち着いた響き、チェロとコントラバスはドイツの森を思わせる深みある中低音。金管も素晴らしい。ホルンのいぶし銀の響き。ワーグナーテューバのきりりと引き締まった音。トランペット、トロンボーン、テューバの鉄壁の力強さ。木管も品格がある。蒼空に響くようなフルート、深みあるクラリネット、陰影のあるオーボエやファゴット。

 

ネルソンスはこのGHO伝統の音を最大限引き出し、引き締まった強烈に迫力のあるブルックナーを聴かせた。イメージを一言で言うならば、アルプスの切り立った山脈の威容ということになろうか。しかも温かみもある。

 

第1楽章の8本のホルンの合奏から盤石。力強くホルンが吹奏され、フルートとクラリネットに導かれて登場する第1主題の威容にたじろぐ。すでにこの時点で決定的な名演となる予感がした。

 

ヴァイオリンが奏でるイ長調の第2主題のなんという優しい表情。素朴な味わいのオーボエによる第3主題が続く。

 

展開部の頂点(練習番号N)の巨大な音の壁の出現に聴き手はただ圧倒される。一気に減速するネルソンスのタクトが冴える。

 

頂上はまだ続く。山を登るように一歩一歩上昇していく強奏、またも減衰、終結部でもう一度頂点を作り休止。ネルソンスのタクトが止まるブルックナー特有の休止の数秒間は、毎回息を呑むような深みを生み出す。時間が止まったような感覚に陥る。

 

最後のfffの圧倒的な高揚の見通しの良い濁りのない最強奏は奇蹟的だった。

 

 

第2楽章スケルツォ

とにかく切れがある。エッジが効いている。ネルソンスはピッツィカートまで切れの良さを求めていた。トリオの第1主題は高音のきれいなヴァイオリンが颯爽と奏で、第2主題も同じくヴァイオリンが優雅に奏でた。

 

第3楽章

十字架に磔となったキリスト像を見上げるようとも形容される崇高な第1主題をGHOの第1ヴァイオリンが神聖な表情で奏で、ドレスデンアーメンで上昇して行く。それは聖なる音と言いたくなる品格があった。ホルンとトランペット他金管が頂点を築き、続いてブルックナーが「生からの別れ」と呼んだコラール風主題をワーグナーテューバが荘厳に斉奏した。ワーグナーテューバの透き通ったハーモニーが曲想にふさわしい。

 

フルート、オーボエ、ホルンとの対話しながら第2主題を弾く弦が神々しく美しい。

フルートが浄めた後、展開部に入り第1主題が出た後、行進曲となり、分厚く進んでいく。低弦の意味ありげな動きとヴァイオリンの神経質な動きが続いた後の金管の咆哮に緊張するが、ピッツィカートとともに第2主題の後半が出て癒す。

またも低弦、ヴァイオリン他が緊張を高めていくが、オーボエとフルートが静める。

 

素晴らしかったのは、そのあとに出る天から射す光のような旋律(練習番号L)。

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のヴァイオリン群の硬質だがほの暗く、品のある響きにより奏でられると、心の底から浄められたような感情が沸き起こる。

 

オーボエの4連符で高められる緊張から、低弦のまろやかなピッツィカートともに第2主題が進んでいく。ここからの最後のクライマックスへの道程は今日の演奏の頂点でもあった。金管の咆哮はさらに強められ、トランペットは限界を超えるような音で叫ぶ。しかし、全体の響きに混濁がないのはまさに驚異的だ。最頂点での休止の凄まじさ!(練習番号E)。ネルソンスのタクトが真剣白刃取り(しんけんしらはどり:頭の上に振り下ろされた刀を両手の平で合わせるように挟んで受け止める防ぎ方)のように止まった。

 

しばらく緊張の余韻が残るが、そこから先は天国への階段となる。ワーグナーテューバ、ホルン、トロンボーンの上で弦が平和な旋律を刻んでいく。最後にホルン、ワーグナーテューバが長く三和音を伸ばし、弦のピッツィカートとともに終えた。

ネルソンスのタクトは止まったまま。時間にして20秒くらいだったろうか。ホール内は神殿の中のように静まり返った。

 

そのあとの拍手とブラヴォ、スタンディングオベイションは長く続いた。ついにネルソンスはスコアを天国のブルックナーに捧げるように高く掲げた。

 

前半のワーグナー「楽劇《トリスタンとイゾルデ》から前奏曲と愛の死」もライプツィヒ・ゲヴァントハウス管ならではの漆黒の響きがあった。前奏曲の最後のクラリネットの下降音形とコントラバスの柔らかく深みのあるハーモニー、愛の死の冒頭のバスクラリネットなどが印象的だった。しかし、この夜はブルックナーが全てだった。