アレクサンドル・ラザレフ 日本フィル グラズノフ《田園》、ストラヴィンスキー《ペトルーシュカ》 | ベイのコンサート日記

ベイのコンサート日記

音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

4月24日(土)14時・サントリーホール

指揮:アレクサンドル・ラザレフ[桂冠指揮者兼芸術顧問]

管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

コンサートマスター:扇谷泰朋

ソロ・チェロ:菊池知也

 

今月はオーケストラにおける指揮者の重要さを痛感させられるコンサートが続いている。ムーティと東京春祭オーケストラの奇跡のようなヴェルディ《マクベス》を筆頭に、原田啓太楼と東響のショスタコーヴィチ「交響曲第10番」の目覚ましい演奏、そして今日のラザレフ日本フィルのストラヴィンスキー「バレエ音楽《ペトルーシュカ》(1947年版)」の名演。
いずれも指揮が明確で、的を射ており、指揮者と楽員が深い信頼関係で結ばれ、オーケストラは無理なくベストの演奏に到達するという共通点がある。

プレトークで山崎浩太郎さんが、ムーティはイタリアオペラを、ラザレフはロシア音楽を、日本人に伝えたいという高い志を持っている、と語った。日本人指揮者も伝えたい音楽への志を高く持ってほしい、とも話したが、その点は、原田慶太楼や鈴木優人、角田鋼亮ら、高いレベルで新しい感覚の音楽をつくる日本の若手指揮者たちに期待している。

グラズノフ:交響曲第7番《田園》 ヘ長調 op.77

第1楽章は、ロシアの田園風景を描くのんびりとした楽想もあってか、まだエンジンがかからず、オーボエとファゴットのソロが良いほかは惹きつけるものがなかった。しかし、第2楽章でハープをバックに第2主題が抒情的に奏でられるところから、演奏に精気が出てきた。第3楽章スケルツォのホルンの勇壮な四重奏や、第4楽章のこれぞロシアの大地という重厚で輝かしい響きは充実していた。

演奏後ラザレフはいつも以上に楽員に拍手し、客席に向かって「楽員たちにもっと拍手を!」、と一生懸命アピールする。その姿を見ていると、緊急事態宣言で明日から生演奏が聴けなくなるという感傷も働き、胸が熱くなった。

 

ストラヴィンスキー:バレエ音楽《ペトルーシュカ》(1947年版)

ピアノ:野田清隆

これまで幾度となく聴いた演奏のベストに加えたい名演。

ラザレフは作品を熟知しており、楽員たちが力を込めなくとも最大の力を発揮できるよう、明解な指示と方向を示す。楽員はラザレフの指揮に全幅の信頼を置いているので、伸び伸びと思い切り演奏する。結果として、全てが自然な流れで、生き生きとした色彩感豊かな演奏が生まれる。

ラザレフと日本フィルの演奏は、例えて言うなら、ゴルフ・クラブの真芯にボールが当たった時の、スカッとして突き抜けるような快感に似ていると言える。あるいは釣りで魚が餌に食いついた時の糸がグンと引かれる時の快感に近いかもしれない。ゴルフや釣りに例えるのは失礼だが、全てのツボがうまくはまり、力みがなく、流れの良い理想的ともいえる演奏を聴いた時の感動はどこか似たところがある。

 

楽員も演奏しながら、自分の出す音が他の音と美しく共鳴しあい、豊かなハーモニーの中にひとつになる至高の感覚を味わったのではないだろうか。

 

第1場『カーニバルの広場』の色彩感と輝きのある響きから、日本フィルはふだんとは全く異なる音になる。オルガン弾きの奏でる音楽を2本のクラリネットが吹き始めると、ラザレフは客席を向き、『ほらこれを聴いてごらん』とクラリネットを指さす。

見せ物師がフルートで人形たちの体に触れ命を吹き込む音楽では、演奏はフルートの真鍋恵子に任せ、ラザレフは指揮台から降りてしまい指揮はやめて聴くだけ。
指揮者と言うよりも、踊りながら指揮をするダンスバンドのリーダーのようで、客席から笑いが起きる。「ロシア舞曲」のリズムも乗りがいい。ラザレフはピアノへの指示をはっきり出す。野田清隆のピアノは全曲で冴えていて、山崎さんがトークで語ったように、この作品がピアノ協奏曲のようでもあることを感じさせた。

第2場『ペトルーシュカの部屋』では人形ペトルーシュカの呪詛の踊りの、ピアノとオーケストラのやりとりが面白い。ペトルーシュカの悲哀を表すイングリッシュホルンのソロも哀愁があった。

 

第3場『ムーア人の部屋』の3拍子の不気味なワルツのシンバル、大太鼓、クラリネットとバスクラリネット、弦のピッツィカートのリズムが、うまくかみ合う演奏は、これまでなかなか出会えなかったが、ラザレフはいかにも自然にさらりとやってのけた。

踊り子の人形のワルツとムーア人の踊りが重なる部分も明快。トランペットソロ(オッタビアーノ・クリストーフォリ)もほぼ完ぺきだった。ラザレフの指揮は確信に満ちている。

 

第4場『カーニバルの市場(たそがれどき)』は、冒頭のキラキラと輝く色彩感が再現される。「乳母の踊り」のオーボエ、ホルンのソロは素晴らしい。ホルン客演首席の丸山勉はこの日全ての場面でベストのプレイだった。

「熊を連れた農夫」のクラリネット、熊を表すテューバも良い。「行商人と二人のジプシー娘」のオーボエ、イングリッシュホルンの二重奏も決まる。

「馭者と馬丁たちの踊り」の金管と弦の乗りの良い掛け合いも最高。
今日は1947年版演奏会用のバージョンを使用したので、「仮装した人々」の最高潮の盛り上がりとともに、ラザレフは客席に向かってくるりと身体を一回転させ、華麗に曲を終えた。

これほどロシア的な雰囲気があり、色彩感と輝きに満ちた躍動する《ペトルーシュカ》はこれまで聴いたことがない。


緊急事態宣言発出前の最後のコンサートを、ラザレフと日本フィルの素晴らしい演奏で聴けたことは忘れられない思い出となるだろう。宣言が早く解除され、再びこのようなコンサートに巡り合える日を心待ちしている。