「NHK音楽祭2011」
指揮:マレク・ヤノフスキ
ピアノ:河村尚子(かわむらひさこ)
管弦楽:ベルリン放送交響楽団
ウェーバー:歌劇《魔弾の射手》序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調《皇帝》
アンコール:シューマン《献呈》(リスト編)
<休憩>
ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調《英雄》
アンコール:
ベートーヴェン:交響曲第8番第2楽章
シューベルト:《キプロスの女王ロザムンデ》間奏曲第3番
1曲目の歌劇《魔弾の射手》序曲から、ドイツの音が会場に充満する。ささやくような弦の開始、ホルンはドイツの深い森の奥から聞こえてくる角笛のよう。弦楽器は、ヴァイオリン、ヴィオラを始め、右手前に配置されたチェロ、右手奥のコントラバスまで、角の取れた柔らかく渋い音がする。木管も丸みを帯びた少しくすんだ音色。どのパートも飛び出ることなく、絶妙のバランスでオーケストラが鳴る。頭に「いぶし銀」という言葉が浮かぶ。パウゼのあとの総奏からコーダまで一気に聴かせた。
河村尚子を初めて生で聴く。エメラルドグリーンのドレス、洗練されたステージマナー、にこやかな表情で舞台に登場したときから音楽を感じさせる。
タッチは滑らかで、中音から高音域が特に美しい。
第1楽章では、《皇帝》といういわば男性的な曲を競演するための打鍵の強さと音量がやや不足ではないかと感じた。
第2楽章では、彼女の滑らかで美しい音色が最大の効果をもたらし、オーケストラと一体となって叙情的な音楽が奏でられた。ピチカートに乗せてピアノが歌う部分は、ひとつひとつの音符が羽ばたいて空を舞っているようだった。
第3楽章ロンドは勇壮というより、どこまでも美しさを追求しているように思える。トリルがきれい。コーダでは第1楽章で感じた打鍵の弱さは微塵もなく迫力は充分で、見事に曲を締めくくった。
正直なところ、オーケストラと河村尚子の間に、何か相容れない違和感があるように思えた。それはお互いが持っている音色の違いであり、ベートーヴェンをどう捉えるかという解釈の違いかもしれない。
一方アンコールのシューマン「献呈」(リスト編曲)では、ピアノが伸び伸びと流れるような美しい歌を歌った。ロマン派の音楽が彼女には合うのではないだろうか。
後半の《英雄》は本物のベートーヴェンを聴いたという実感があった。素のままのベートーヴェンがまっすぐにこちらに向かってくるような気がした。
第1楽章は早めのテンポで始まるが徐々に落ち着き、インテンポになる。ヤノフスキがインタビューで「音楽哲学は?」と聞かれ「明晰さ。あらゆる声部が明確に聞き取れること」と答えているが、まさにその言葉どおり、オーケストラの各パートが非常にクリアに聞こえる。各パートのまとまりのよさ、各パートと全体のバランスが素晴らしい。派手さはないが職人技のような安定感がある。演奏者が前面に出ることはなく、ベートーヴェンの音楽だけが聞こえてくる。
第2楽章「葬送行進曲」、コントラバスのごりごりとした音が好ましい。チェロも落ち着いた音色で癒される。オーボエ奏者が滑らかないい音を出す。
中間部のあとの展開部、3つの旋律がフーガを奏でる箇所(114小節から)の悲壮感を感じさせるところ、第2ヴァイオリンから第1ヴァイオリンに受け継がれるすこし紗がかかった
響きがたまらなくいい。
第3楽章スケルツォは早めのテンポ。トリオでのホルンの響きは際立つようなうまさはないが、まずまずの出来。
休まず第4楽章に入る。第1変奏から第3変奏まで弦のやりとりが美しい。Cからの自由な第4変奏、Dからの第5変奏フーガ的展開でのアンサンブルのレベルが非常に高い。
第6変奏でのクラリネットの3連符が音楽的。
プレストのコーダはずしりとした重みがあった。
素晴らしいベートーヴェンを聴いたという充実感。
アンコールの1曲目は、交響曲第8番の第2楽章。なにかこのオーケストラの性格を表しているかのような端正な演奏。
アンコールを2曲もやってくれるとは思わなかった。シューベルトの《キプロスの女王ロザムンデ》間奏曲第3番には感動した。しみじみとした味わい、慰めに満ちた歌。中間部のクラリネットとオーボエ、フルートが奏でる哀愁のあるメロディー。ここでも本当のシューベルトが聴けた。
マレク・ヤノフスキ©Felix Broede、河村尚子©Marco Borggreve