小泉和裕 東京都交響楽団 レイ・チェン(ヴァイオリン) (11月8日、サントリーホール) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

 ブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾いたレイ・チェン30歳の若々しい演奏は、小泉&都響の切れのいいバックと相まって気持ちの良いものがあった。特に第1楽章再現部とカデンツァの力強い演奏は鮮烈な印象を受けた。チェンのヴァイオリンは日本音楽財団から貸与されているストラディヴァリウス1715年製「ヨアヒム」。当然ヨアヒムのカデンツァを弾いた。

 第2楽章中間部でのチェンのソロは良く歌った。都響のオーボエ首席広田智之のソロも美しい。第3楽章はオーケストラと共に勢いを加えて行った。チェンの表現は若さとまっすぐな方向性、素直さを感じさせるが、味わい深い演奏のためにはさらなる経験と人生の年輪を重ねることが必要だろう。

 

 都響はコンサートマスター矢部達哉、四方恭子のツートップが揃ったほか、ヴィオラに店村眞澄、鈴木学、チェロは田中雅弘、古川展生、コントラバスも山本修、池松宏という首席が勢ぞろいした。終身名誉指揮者の小泉和裕に対する都響の手厚い処遇、配慮があった。

 

 後半のブラームス「交響曲第4番」は、第1、2楽章はよくまとめられた演奏だが、それ以上の深みは感じられなかった。しかし、第3楽章スケルツォから第4楽章パッサカリアにかけての熱く集中力ある演奏は素晴らしかった。

 

 小泉の指揮には70年代80年代の演奏様式の伝統が感じられる。具体的には、機能的でメリハリの効いた演奏、滑らかで分厚い響き、よくコントロールされたクライマックス、コーダでの劇的な盛り上げなど、小泉の師カラヤンが打ち立てたオーケストラ美学を継承する指揮者と言っていいだろう。

 その指揮は安定感があり、大きく羽目を外すことや予想外の展開が起きることは少ない。ノンヴィブラートなどピリオド奏法への関心もないように見える。

 この先小泉和裕はどの方向に向かおうとしているのだろうか。安定した演奏を聴くたびにその次に進めないもどかしさを個人的には感じる。あるインタビューで小泉は「40年前カラヤンに教えられたことが今やっと実になってきた」と語っているので、このままカラヤンが敷いたレールの上を歩むのだろうか。カラヤンも晩年には澄み切った世界を思わせる演奏を聴かせてくれた。いつか、小泉和裕もそのような巨匠になるのかもしれない。

 

 ところでヴァイオリン協奏曲が始まる前珍しい事件が起きた。一階通路より前のブロックの中央に座っていた女性のバッグから、音楽が流れ始め止まらない。電波遮断されているので、着信音ではなく録音されたものが鳴りだしたのかもしれない。その女性は鳴り続けるバックをかかえたまま、あわててホールから出て行った。後半も席には戻っていなかったので、おそらく会場にいたたまれなくなったのではないだろうか。ステージ上ではまさに小泉が指揮を始めようとしたときであり、演奏家に悪影響を及ぼすのでないかと心配だった。

 

写真:小泉和裕(cRikimaru Hotta