NHK音楽祭2017 ペトレンコ バイエルン国立管弦楽団 ワーグナー楽劇「ワルキューレ」第1幕他 | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。


(10月1日、NHKホール)

 奮発してSS席を購入。1階C712番は、通路側で歌手の正面。これが幸いして、極悪な音響のNHKホールでも、各歌手とペトレンコ、バイエルン国立管弦楽団の至芸を正確に味わうことができた。

 

 前半は、マティアス・ゲルネによるマーラー「こどもの不思議な角笛」から7曲。ゲルネは弱音が素晴らしく、曲ごとの世界を濃厚に歌い分けた。ペトレンコとバイエルン国立管も、ゲルネの繊細さに呼応し、室内楽的な精密さで支えた。「地上の暮らし」の、飢え死にした子供が棺桶に横たわるという強烈な最後にサスペンドシンバルがかすかに鳴らされ、その余韻の中、次の「原光」(マーラーが「復活」第4楽章に使用)に入っていったことは極めて印象的。その「原光」と、最後の「少年鼓手」のコーダ「おやすみなさい」の痛切さが最大の聴きどころだった。

 

 後半のワーグナー楽劇「ワルキューレ」第1幕こそ、ペトレンコとバイエルン国立歌劇場来日公演中最高の演奏だったのではないだろうか。残念ながら「タンホイザー」はゲネプロだけなので、正確な比較はできないが、それでも今日の「ワルキューレ」は抜きんでたと思う。

 まず歌手陣全員が絶好調であり、来日最終公演に向けて、気力・集中力がみなぎっていた。特にジークリンデのエレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)が素晴らしく、伸びやかで力強く潤いがあるドラマティックな歌唱で、理想のジークリンデを歌った。

 クラウス・フロリアン・フォークト(テノール)は、ジークムントのある意味弱い側面を、抒情性あふれる歌唱で明らかにしたとも言えるのではないだろうか。伸びのある美しい声は、パンクラトヴァとの相性もぴったりで、ジークムント、ジークリンデの兄妹の共通性が感じられ、理想的な組み合わせだった。もちろん「冬の嵐は過ぎ去り」をフォークトで聴く喜びは格別だった。

ゲオルク・ツェッペンフェルトは、フンディングにしては品格がある歌唱だが、充分すぎる重厚さを発揮した。

 

最大最高の収穫は、オペラ指揮者キリル・ペトレンコの真価を知ることができたことだ。その指揮は徹頭徹尾音楽的であり、歌手とオーケストラの一体感を寸分の隙もなく創り上げていく。バランス感覚の細やかで正確なことは驚くばかり。特に弱音の表現がすばらしいことが今回よくわかった。歌いだしの指示も的確で、歌手にとってこれほど歌いやすい指揮者はいないだろう。

バイエルン国立管弦楽団の音は渋さと独特の影があり、それが音楽に奥行きと深みを与える。オペラを熟知したオーケストラの自発性と柔軟性は超一流の歌劇場オーケストラであることを実感させた。
 

終演後、ステージに押し寄せた観客や2階席3階席まで多くの人々が帰らずスタンディングオベイションを送り続けたことは、主役3人の歌手たちと、なによりペトレンコを感激させたことだろう。

ひとつだけ、不満を。今回はNHKにしては珍しく、
「角笛」も「ワルキューレ」も字幕がなかった。プログラムの歌詞は暗くて文字も小さく、演奏中に見るのは難しい。音楽をより理解するためには、字幕は必須だ。関係者には猛省してほしい。


写真:キリル・ペトレンコ(cWilfried Hösl,  クラウス・フロリアン・フォークト(cHarald Hoffmann, エレーナ・パンクラトヴァcVitaly Zapryagaev