(9月21日、東京オペラシティコンサートホール)
初来日、17歳の若いピアニスト、イム・ジュヒはベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を弾いた。安定した技術と伸びやかで素直な音だが、果たしてベートーヴェンの音楽をどこまで深く把握しているのか、何を訴えたいのか伝わってこなかった。チョン・ミョンフンと東京フィルは、堂々とした分厚い響きでイム・ジュヒを包むが、彼女の演奏は明るく健康的で陰影がないので、音楽性がかみ合わない。もし、これが若々しい青春の輝きを感じさせる第2番だったら、合ったかもしれない。
アンコールで弾いたヨハン・シュトラウス2世(ジョルジュ・シフラ編)「トリッチ・トラッチ・ポルカ」ではアクロバティックな超絶技巧を披露したが、天真爛漫な演奏はどこかディズニーの映画音楽のように聞こえた。
後半は、ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」。いかにもチョン・ミョンフンらしい激しく情熱的な指揮に全力で応える東京フィルは熱演で、会場は沸き、スタンディング・オベイションを贈る聴衆も多かった。
古楽器奏法には目もくれぬ厚い響きを創り出し、時にテンポを動かしアゴーギクを強調するチョン・ミョンフンの指揮は、どこか懐かしいものを感じさせた。
第1楽章展開部第249小節からのクライマックスは、テンポを落とし重心の低い演奏で、重厚さを打ち出す。第2楽章「葬送行進曲」展開部のフーガは悲痛で、展開部最後は巨大な頂きを築き上げた。第3楽章トリオのホルン三重奏は雄大に鳴らし、第4楽章の各変奏もスケールが大きく、チョン・ミョンフンの「英雄」像がはっきりと打ち出されていた。
ただ、これまでチョン・ミョンフンを幾度となく聴いてきた者にとって、今日の演奏は想定内であり、「新鮮味」や「驚き」を感じることはなかった
欲張りな聞き手としては、さらに一皮むけた巨匠的なチョン・ミョンフンを聴きたいと思う。
写真:チョン・ミョンフン(c)上野隆文